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日記

日記です

思い出した前の会社の女上司のこと

私が就職して5年目くらいか異動になりあまり忙しくない店舗に移った頃、そこにはその店舗に10年近くいる上司が二人いた。
人間関係が良好と聞いていたところだったし二人ともキツいタイプの人ではなかった。

が、その店舗の副店長的ポジションの40歳くらいの女上司は、ほんとうにだらしない人だった。

男の子が3人いるママでもあるのだがことあるごとに下の子が風邪でとか今度は上の子が、今度は私に移ってとたびたび仕事を休んでいた。

あまりに頻繁なのと月曜日が多かったので私には仮病にしか思えなかった。

それに子供が風邪を引いて学校を休むというのはわかるが、子供が落ち着きがないと学校の先生から申告があったらしく、それを受けて「じゃあ少し学校休ませようか」と相談して~と話していたのはびっくりした。
他人の子育てに口を挟む立場にないが(だから当人には何も言っていないが)、話のニュアンス的には子供の落ち着きのなさは大人で言う"疲れ"からきているので休んでリフレッシュさせてあげよう、と聞こえるのだ。
私には甘やかしてるとしか思えないし、休むという発想がわからない。
頭ごなしに叱るのも違うと思うが、お休みさせてあげるのも違うと思った。

この上司は休むし仕事も遅く、業務の質問をしても答えられないので仕事ができないし体調管理もできず私生活もだらしないという印象だった。

もうこうなってくると、この上司の全てが嫌になるもので、ある昼休みに一緒になったとき、すぐに絞って出せるホイップクリームのようなものを持ってきていて、聞くと余ったのをもってきたそうだ。私は何か子供の誕生日祝いにケーキでも作ったのかと推察したのだが、上司は得意気にこう言ったのだ。

「ほら、こういうのあると、子供が朝御飯食べないときでもロールパンに挟んであげると食べるでしょう」

朝食和食率が圧倒的に高い幼少期を過ごした私は言葉がなかった。

というか、この人はそういう人なのだろう。
他人にも寛容なのかもしれないが自分にも子供にも甘いのだ。彼女も太っているし旦那さんも子供もやや太っていた。

私が子供の頃、朝御飯を食べないと怒られて食べされられるかじゃあ喰うな!と一喝された。
しかしうちの親もあまりいい親とは言えず、過干渉気味で口うるさい親だったので、必ずしも我が家が正解ではないし怒られるのは嫌だった。

だけどロールパンにホイップクリームを挟んだ朝食が当たり前に出てくる家も嫌だ。
子供が食べないからと安易にホイップクリームを出してくる母親なんて嫌だ。

とはいえ他人の家の朝食に口を挟む立場にないので、私は私で納豆でも食べていればいいのだ。


私は家が遠いこともあり早く家に帰りたいタイプなので、いつも暇な日は早めに締めの準備をして、上司のところへ検査書類を持っていっていた。
しかしその上司は「そんな急がなくても大丈夫だよ~」何て言って一向に書類の検査をせず、どんどんたまっていった。

おそらく家に早く着きすぎないためなのだ。
上司の家はどちらかの両親と同居していて、6時までに帰らなければ"ばあちゃん"が晩御飯を作るらしいのだ。
だから仕事中もだらだらしてのろのろ帰って晩御飯は作らない算段だったのだろう。

こいつが家事を楽するために私が家に早く帰れないなんてありえない。

それにしょっちゅう難しい手続きに当たると「ちょっとかわってもらえる?」と私に押し付けて後ろに行っていた。
難しいっていったって、たいした業務でもないのにこいつにとっては難しかったのだろう。


そういう訳で、ホイップクリームも上司が太っていることも腹が立っていた。
それでも結婚して子をもうけて幸せなのだろうな。

思い出したSのこと

大学時代地元が一緒で東京に就職した幼なじみSと20歳くらいまではよく遊んでて、彼氏の話とかもしていたんだけど、私に彼氏がいることはSの親にわざわざ言わなくていいからねと言っていたんだけど、基本Sは私の通告など真面目に取り合わないので「え~大丈夫だよ(言ったって)」という反応で案の定、Sの親からわたしの親に伝わっていたのだ。

わたしの親から直接何か言われるわけではなかったがなぜ伝わっていたと分かるかと言うと、折に触れて、それももうとっくに別れていたのに
「どんな人でも結婚できればいい、日本人だったらどんな人でも」

と言ってくるからだった。
当時留学生と付き合っていたのだ。

とっくに別れた後だったが、こんなことをねちねち言われ続けると思うと嫌な気持ちになった。

だから言うなと言ったのに、これについての責任をきちんとSにとってほしい。

この心理的な嫌な負担を同じ分味わってもらわないと不公平である。

私の口からなにかSに関するプライベートなことがSの親に伝わって、帰省する度になにかにつけて掘り起こして話題にしてSをうんざりさせてほしい。

同じだけ負担をあじわってもらいたい。

しかし20歳の頃私たち(四人グループだった) は亀裂が入りそのまま分裂したのでもうその機会はないが。

私にとってはSと関係が絶たれたのは幸いだった。

というか今まで少し私のことを見下したような人と友達?ごっこを続けていたのは不健康なことだと思う。

敬う気持ちが持てない相手ならば付き合いを解消するべきである。

付き合いは解消したままにしたいがSにうんざりしてほしい気持ちはまだある。

些末な日々

山羊座さんはコツコツと積み重ね目的達成のためには努力を惜しまない…

それが本当だとすると、こんなことに努力しないでもっと私自身のやりたいことの飛躍のために努力しろよ、と思うのです。


だけど、3年前には想像もつかなかったことだった。

だけどやっぱり私自身のやりたいことの飛躍のためにやることをやっていないと、きちんと裏打ちされた本当の正当な自信がないと、やっぱり引け目を感じてしまうので、成立しないと思った。

こういう場合、どっちが上でも下でもいけなくて
お互いにキレイに対等でないといけない。


不安があるのは自信がないからで、だから誰の前でも自分がどういう人かを出せないし楽しめない。

良い子にはしていたけれど果たして私は誠実だっただろうか。

何年ぶり

ほんと何年ぶりか、7年ぶりか、
本当にちゃんと興味のある男性とご飯に行ったことをここに記す。

エイリアンズ

3年後か5年後か、きっと出るだろう。

「あ、出てる、出ると思ってた。懐かしい、有名になった、よくライブ行ってたなあ」

と思っただろう。

その頃には今がいい思い出で、いろんなことが飽和状態から空中分解、宇宙の塵と消え、私は郊外で自転車を走らせている。

と予想していたけど、そんなのよりずっと早かった。

 

だからよかった。

今なんだ。

私の延長線上には、広大な駐車場のスーパーマーケット、郊外、でもそれなりに納得はしてる生活。仕方ないと言いながらも、言葉に比べればなかなか前向きに日々の生活を積み重ねている、大丈夫でそんなに悪くない暮らしがある。思ったより落ち込んでいない。懐かしい思い出をときどき桐箪笥から取り出して眺める。何もないがすがすがしい暮らしに、東京の時代の“あの頃”の片鱗が、テレビ画面にぽんと現れ流れ去る、と思っていた。

でもそれはやっぱり、少し寂しいパラレルワールドだったから今でよかった。

その線は無くなった。

よかった。私はまだ郊外の未来にいない。

 

ところでのんこと能年ちゃんのラインのCMの曲いい。

キリンジって名前しかしらなかった。

これを聴いてるとリバーズ・エッジの最後のシーンが思い浮かぶ。

https://www.youtube.com/watch?v=w05Q_aZKkFw

https://www.youtube.com/watch?v=w05Q_aZKkFw

いつも何度でも

いつも何度でもいうけど、真面目に律儀にやってきて、頑張りたくなくても頑張らざるをえなくて嫌なことを嫌々ながらもきちんとこなして、

その見返りってほんとに一個もなかったな。

40代後半の女上司

私が会社でイケてない地味女子に寄せているのが原因のひとつでもあるが、度々女上司が
「寒いのにさ~あーんな足だして無理して
わかんなーい よ、ねぇ?」
という類いの同意を求めがちである。

寒いのに無理してあーんな足出して、も、それはその人の趣味なので特になんとも思わない。

隣で薄着で来たくせに私のアウターなんぞを借りようものならイヤミのひとつも罵声のひとつも浴びせるが、特に迷惑を被っていなければなんら関係のない景色のひとつである。

強いて言えば、露出が多いか少なくないかより、お洒落か否かに注目することはあるだろう。

あの人お洒落だなあ、と思えばふり返るしそうでなければ気にも留めないだろう。

子供はいないが既婚で旦那さんとも仲のよい上司が、正直、若くかつ若さを謳歌しているように見える女性に嫉妬して言っているようにしか見えない。

独身で若くもない私が言うならまだしもなぜなのだ。

こういう人のまわりは、やはり、露出の多い女性を好むタイプの男性が多かったのだろうか。
たしかに、この上司はサチモスみたいなやんちゃなタイプの男性部下を可愛がっているし、こういう男性は容姿の女性性を全面に押し出した女性を好みそうだ。(だけどもう結婚してるんだしいいじゃねえか。)

あるいは、この上司自身、昔は露出多目の女性らしい格好を好んでしていたのかもしれない。
それが年齢による容姿の衰えでできなくなった、自粛した、あるいは、衰え始めた一時やっていたが、もう男性を惹き付けなくなりあきらめたのかもしれない。つまりは好んで趣味として露出の多い格好をしていたのではく、男性ウケを重視して服を選ぶタイプだったのかもしれない。

だから
露出が多い女=モテようとしてるorモテる

嫉妬

なのかもしれない。
"そういう服が好き"という趣味としての露出服という発想がないのかもしれない。

いずれにしても昔はモテたのかもしれない。
だから年齢による衰えを肌で感じやすいのだろうか。

だからといって、女性性を押し出した格好をしない女性と好んで親しくし、女性性を押し出した格好をする女性を嫌うというのは好きじゃない。
いや、それを認めるならまだ好きになれるかもしれないが、例えば露出を批判するときに"寒いのに無理して"などという言い方で、まるで格好を気にした浅はかな人間性を指摘するかのような、利便性の観点から意見したという傘を着るのが気に入らない。
ああいうモテようととした女きにくわねー!と叫んで地団駄踏んで悔しがればいいじゃないか。
それか自分も露出してはいかがか。

見たくはないが、好きな格好をしてるの後ろ指さされても私平気よっ!の方が気持ちがいい。
と、私もいろいろそれらしい理由をつけたのだが、上司がなんだか気に食わねぇという話である。