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日記

日記です

初夏の夕、恵比寿西口にて

ずっと手長海老のパスタを上手に食べる話だと思っていたら、本当はミラノ風カツレツだった。

手長海老はドラマの方か。それもたしかクリスマスなんかのスペシャルドラマだった気がする。本を読んだのは高校生の頃だと思う。

だけど手長海老が記憶に残っていたせいでタイトルも手長海老のパスタだと思いこんでいて、「冬の日、防衛庁にて」というタイトルにいまいちピンとこなかった。

江國香織の短編である。なんとなく都会的で洗練されていそうで、ふわっと洒落てる、そんなものにあこがれる女の子の読み物な気がしてきた。

 

きっと彼女は読まないだろう。

 

この短編との相違点は多々あるが、そもそも設定から大きく違う。

誰も不倫も浮気もしていない。

彼女とはこれが初対面ではない。

だけど彼女の方からゆっくり話をする時間を設けることを提案したことや、見かけに反して意外と可愛らしい食べ物を選ぶところ、とても素敵な人だったところは一致している。

 

「他にどんなバンド好きなんですか」の質問にはもしかして先月のことを知っているのだろうかと思ったが、そういうタイプには思えない。

むしろ、そうであった方がよかったかもしれない。網を張って計算高く犯人捜しをしている捜査官になってくれていた方が良かった。

 

俗っぽく、薄っぺらな印象にまとめてしまうことになりそうで嫌だけど、だけどまさに「100パーセントの女の子」だった。

 

実は彼女が誰なのかまだ明らかになっていなかった去年の夏、初めて新宿で見かけた時、そのお洒落さと可愛さに目が釘付けになって一目ぼれしていたのだ。

 

それは話してみても変わらず、本当に魅力のある素敵な女の子だった。

きっと会う人会う人を、こんな風に、新鮮で明るい気持ちにさせているのだろう。

 

こういう子って本当にいるんだ。

朝返し忘れてしまったというツタヤの袋を手に提げて現れた彼女のカバンは、必要なものしか入っていないようでとてもコンパクトで、それでも当然のように本を忍ばせていた。それも小難しそうな文学者だったか社会学者の対談の本。古い本に見えた。

私にはまったくの門外漢のジャンル。

 

自分の意見をはっきり言いながらも、相手を敬う印象を与える。

何か話したときの相槌や自分なりの言い換え、会話のある一言から映画のワンシーンを連想したり、少し変わった概念的な質問をしたりする。

 

その短編では、カツレツを美味しそうに食べ終えた本妻とは、その後会うことはなかったようであるが、私と彼女は今度は買い物に行こうという話になった。(どうなるかわからないけど)

主人公は、素敵で感じのいい凛とした本妻の爽やかな姿に、思いっきり涙してしまう。

その気持ちがよくわかる。

 

賢者

賢者はきっと堂々とまっすぐで変なてらいやかけひきの必要がないだろう。


衝撃的事実を聞くことになりそうでこわい


私は金メッキのレプリカの愚者なのでうっかり言わない方が得策な(しかし事実)を漏らしてしまいそうだ。

夢で見た人に

ペンペンズが合間に「夢でもし会えたら~」を適当に歌う。
その前のバンドもライブのMCで宇宙の話から最近見た夢の話という恒例のどうでもいい話をしていた。

最近ポンヌフの恋人を観たせいで、夢というワードに敏感になる。

「夢で見た人に翌朝必ず電話をするなら」

ポンヌフ

アレックス三部作をこれで見終わったことになる。

最初に観た汚れた血は何年前だ。

良い良いと言われているポンヌフの恋人、本当に良かった。


「夢で見た人に翌朝必ず電話するなら 人生はもっと単純ね」


というミシェルの台詞でなぜだか大泣きしてしまった。

頭で理解するより先になぜだか泣けてきたのだけど、多分、私たちは誰もが自分の望みをわかっていながらもそうできないのだと深く悟ったからかもしれない。

私たちは、本当は自分がどうしたいのかわかっているのに、きっとその通りにはできないのだ。


監督のレオス・カラックスは、ジュリエット・ビノシュのような細身で少しボーイッシュな女の子が好きなのかな、なんて考えていたら二人は恋人だったらしい。奇しくもこのポンヌフで別れているとか。


先週 ボーイミーツガールを観たのでせっかくならアレックス三部作と呼ばれているものを観てしまおうと勢いでレンタルしたものの、久々に映画で大泣きした。

SF映画のチャッピー以来だ。

結婚

結婚の二文字は華やかでハッピーに見えるな。色で言えば赤とかピンク、白とゴールド、寿と同じジャンルな感じ。

婚活もなにもしていないけれど、私は結婚そのものについては肯定的です。
憲法に書いてあるような婚姻、悪くないと思う。

第二十四条
婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。[1]
配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

当人同士が自分の自由意思で、この人と添い遂げようと決意し誓いをたてるのは、神聖で美しいことだと思う。

誓いをたてるというのは、なんだか結婚というものに入信するような、一種の宗教じみた極度の思い込み、ある種の狂気のようだと思うけど、最後まで本当にお互いがお互いを信じ抜く気狂いをやり遂げるというなら(そして婚姻の文面に倣えば、互いに個人の意思は尊重され平等は保たれる)、そういう本気の決意の上で臨みたいと思うし、こそまで狂えないならそれはそれまでだと思っている。

思い出した前の会社の女上司のこと

私が就職して5年目くらいか異動になりあまり忙しくない店舗に移った頃、そこにはその店舗に10年近くいる上司が二人いた。
人間関係が良好と聞いていたところだったし二人ともキツいタイプの人ではなかった。

が、その店舗の副店長的ポジションの40歳くらいの女上司は、ほんとうにだらしない人だった。

男の子が3人いるママでもあるのだがことあるごとに下の子が風邪でとか今度は上の子が、今度は私に移ってとたびたび仕事を休んでいた。

あまりに頻繁なのと月曜日が多かったので私には仮病にしか思えなかった。

それに子供が風邪を引いて学校を休むというのはわかるが、子供が落ち着きがないと学校の先生から申告があったらしく、それを受けて「じゃあ少し学校休ませようか」と相談して~と話していたのはびっくりした。
他人の子育てに口を挟む立場にないが(だから当人には何も言っていないが)、話のニュアンス的には子供の落ち着きのなさは大人で言う"疲れ"からきているので休んでリフレッシュさせてあげよう、と聞こえるのだ。
私には甘やかしてるとしか思えないし、休むという発想がわからない。
頭ごなしに叱るのも違うと思うが、お休みさせてあげるのも違うと思った。

この上司は休むし仕事も遅く、業務の質問をしても答えられないので仕事ができないし体調管理もできず私生活もだらしないという印象だった。

もうこうなってくると、この上司の全てが嫌になるもので、ある昼休みに一緒になったとき、すぐに絞って出せるホイップクリームのようなものを持ってきていて、聞くと余ったのをもってきたそうだ。私は何か子供の誕生日祝いにケーキでも作ったのかと推察したのだが、上司は得意気にこう言ったのだ。

「ほら、こういうのあると、子供が朝御飯食べないときでもロールパンに挟んであげると食べるでしょう」

朝食和食率が圧倒的に高い幼少期を過ごした私は言葉がなかった。

というか、この人はそういう人なのだろう。
他人にも寛容なのかもしれないが自分にも子供にも甘いのだ。彼女も太っているし旦那さんも子供もやや太っていた。

私が子供の頃、朝御飯を食べないと怒られて食べされられるかじゃあ喰うな!と一喝された。
しかしうちの親もあまりいい親とは言えず、過干渉気味で口うるさい親だったので、必ずしも我が家が正解ではないし怒られるのは嫌だった。

だけどロールパンにホイップクリームを挟んだ朝食が当たり前に出てくる家も嫌だ。
子供が食べないからと安易にホイップクリームを出してくる母親なんて嫌だ。

とはいえ他人の家の朝食に口を挟む立場にないので、私は私で納豆でも食べていればいいのだ。


私は家が遠いこともあり早く家に帰りたいタイプなので、いつも暇な日は早めに締めの準備をして、上司のところへ検査書類を持っていっていた。
しかしその上司は「そんな急がなくても大丈夫だよ~」何て言って一向に書類の検査をせず、どんどんたまっていった。

おそらく家に早く着きすぎないためなのだ。
上司の家はどちらかの両親と同居していて、6時までに帰らなければ"ばあちゃん"が晩御飯を作るらしいのだ。
だから仕事中もだらだらしてのろのろ帰って晩御飯は作らない算段だったのだろう。

こいつが家事を楽するために私が家に早く帰れないなんてありえない。

それにしょっちゅう難しい手続きに当たると「ちょっとかわってもらえる?」と私に押し付けて後ろに行っていた。
難しいっていったって、たいした業務でもないのにこいつにとっては難しかったのだろう。


そういう訳で、ホイップクリームも上司が太っていることも腹が立っていた。
それでも結婚して子をもうけて幸せなのだろうな。

思い出したSのこと

大学時代地元が一緒で東京に就職した幼なじみSと20歳くらいまではよく遊んでて、彼氏の話とかもしていたんだけど、私に彼氏がいることはSの親にわざわざ言わなくていいからねと言っていたんだけど、基本Sは私の通告など真面目に取り合わないので「え~大丈夫だよ(言ったって)」という反応で案の定、Sの親からわたしの親に伝わっていたのだ。

わたしの親から直接何か言われるわけではなかったがなぜ伝わっていたと分かるかと言うと、折に触れて、それももうとっくに別れていたのに
「どんな人でも結婚できればいい、日本人だったらどんな人でも」

と言ってくるからだった。
当時留学生と付き合っていたのだ。

とっくに別れた後だったが、こんなことをねちねち言われ続けると思うと嫌な気持ちになった。

だから言うなと言ったのに、これについての責任をきちんとSにとってほしい。

この心理的な嫌な負担を同じ分味わってもらわないと不公平である。

私の口からなにかSに関するプライベートなことがSの親に伝わって、帰省する度になにかにつけて掘り起こして話題にしてSをうんざりさせてほしい。

同じだけ負担をあじわってもらいたい。

しかし20歳の頃私たち(四人グループだった) は亀裂が入りそのまま分裂したのでもうその機会はないが。

私にとってはSと関係が絶たれたのは幸いだった。

というか今まで少し私のことを見下したような人と友達?ごっこを続けていたのは不健康なことだと思う。

敬う気持ちが持てない相手ならば付き合いを解消するべきである。

付き合いは解消したままにしたいがSにうんざりしてほしい気持ちはまだある。