日記

日記です

定期的な暗い気持ち

定期的に暗い気持ちになるので書く。
世の中には暗い気持ちになんてならない、だってくよくよ考えたってしょーがないじゃん、時間もったいなくない?
という人もいるけど私は1つの考えが長く居座り続ける、または一時「そんなことない」と前向きな気持ちが芽生えてもまた暗い気持ちがしぶとい雑草のように、トイレの黒ずみのようにやってくるのでとりあえずここに書く。


世の中には、例えば星野源がめっちゃくちゃ好きで、さらに星野源みたいな彼氏と付き合ってる人いるんだよな。
きっと本人は「えー?似てないよー!」と言うかもしれないけど。

好みの人と付き合う

最近人の発言を総合して考えて、じゃあめっちゃ好みの人と付き合ってるんじゃんお互い。と思ったのだ。
モロ好みの人と出会う確率
モロ好みの人と付き合う確率
モロ好みの人と長く付き合う確率

これらの事柄と暗い気持ちになる話と、なんの関連があるんだと思われるかもしれないが、つまりは嫉みである。

そういう人たちがいる、好みの人同士惹かれあって付き合った人たちがいる反面、そうじゃない人がいる、そうじゃない自分がいる、という暗い気持ち。

好みの人と惹かれあって付き合う人間と
好みの人と出会わないし好みの人と惹かれ合わないし接点もないし付き合うことにならない人間
いや、正しくは当然のことながら好みの人に出会ったとしても私はお呼びでないのでそれは"出会い"にはならないのだけど。

自分のレベルが上がらない。
年齢的には完全に落ち目でもある。
それでもそういうことは普段口に出さずに生活しているし、そうやって生活し続ける。

好みの人が寄り添っている人たちを横目に見ながら、平然と暮らし続ける。
暮らし続けるのだろう。

些末なイラつき

私含め3人のパソコンを同時に新しくすることになり、月曜日セッティング作業をみんなでやろうという話になっていた。
昨日休みだった上司はパソコンに詳しい40歳男性社員に私のパソコンとその男性社員の(だいぶ前に新しくしていた)パソコンはデスクトップが2台使いになるため、それを互換する器具を注文しておくようにと命を授けてけていたらしい。

男性社員はじゃあ型とか調べなきゃだなあと言い、私に「そのパソコン端子なに?」と聞いてきたが、当然私は皆目検討つかず、デスクトップとかに書いてありますか?と聞いたのだった。

調べておいてとか、パソコン出しておいてと言われればそんなの数分でできるしやるのだが、男性社員は「どうせ開けるんだし今開けちゃっていいよね、あ、どうせなら全部開けちゃったほうがいいのかな、うーん」などと言いながらなぜか朝のいろいろ作業してる時間にデスクトップの箱を開け始めた。

なぜ今?

そして他の社員にここのテーブル置いていい?と空きスペースに関して聞いたりしている。
しかしそこのテーブルは誰かが管理している場所ではないので基本的には誰に確認しても使用可か否かはわからない場所である。
つまり空いていれば使っていいし長時間占領するのであれば、その旨を誰かしらに伝えるのがよかろう。
○○さんがいいって言ったからいい、なんてされたらその○○さんはたまったもんじゃない。

がさごそ箱を開け始め、経理の女性に発泡スチロールの大きなゴミはどうしたらいいか、ゴミ箱にそのまま入れてしまっては他のゴミが入らなくなってしまうのでは?などど聞きに行ったりしたので、この周囲を質問地獄に巻き込んでいるのが"私のパソコン"であるため責任を感じ仕方なく「ゴミ片付けるんでいいですよ、大丈夫です」と言いに行った。

しかしいいよいいよと言い、発泡スチロールを袋に詰めはじめ「あ、他の(パソコンの箱の)ゴミも一緒にした方いいのかな…」などと言い手を止め思案したりしていたので私は立ち去った。

そしてゴミ袋と畳んだ箱をいつもの場所に置きにい行き、別の社員のところへ仕事の話をしに行き、その時一度開けたカーテンはそのまま閉めれることなく開いたままだった。

これで端子だか何だかがわかり一件落着かと思っていたが、ミーティングが終わり交代で昼食を取る時にまた始まったのだ。

昼食時間で閑散とした社内、私はヤフーを眺めながらお弁当を食べはじめ、隣のデスクの社員は後から昼に出るのだが一旦タバコを吸いに出ていた。

すると「じゃあこの空き時間にやっちゃったほういいカナ…」などと言いまたパソコンをやりはじめたのだ。
私は端子がどうのという話はよくわからないのだが、とにかく私のパソコンを箱から出すらしく、当然なぜ今?と思う私は牽制するために、
この3つ積んである箱の一番下が私のパソコンのはずだが、どれが誰のというのは決まっていて注文した人は側面のシールを見て確認していたが私はよくわからない。おそらく一番下のが私のだったと記憶している、と言い、じゃわからないしどうせ明日やるのだから明日でいいや、という返答を期待し言うことを言ったので昼食に戻った。

しかし私の真後ろでやはり箱をゴソゴソやりはじめ、「ハサミある?」と聞かれたので、箸をとめお弁当の蓋を閉め、その上に一旦箸を置き、引き出しを開けハサミを探した。
「あっ食事中にごめんね」とハサミを受け取り、私は食事に戻り、「ここ置いとくね」と私のデスクの端にハサミを置いた。
「パソコン買うとさーぜーったいキーボード付いてくるんだよね~」と言いに来たので
「私、やります!大丈夫ですよ、私やるんで!」
と言って立ち上がった。
「箱から出して置いといていいんですよね」
と言うと「あ、うん、さっき○○さんがあそこ置いていいって言ってたよね」と返ってきて、しらねーよと思う。
「お昼食べたらやるんで」とキーボードを受け取り一度箱に戻しまた昼食に戻った。

男性社員は席に戻ると「じゃ俺もお昼行っちゃおっかな…」とか呟いていた。(そしてタバコから戻った社員と入れ違いで昼に行った)

私としては、「上司にパソコン周辺機器を注文するよう頼まれたから端子を調べるためにパソコン出しといて?」と言われれば出してその辺に置いといたし、それはものの10分で終わったと思う。


私はこの男性社員が苦手である。

よく隣のデスクの年上女性社員に
「○○した方いいと思います?」と聞いて、「いいんじゃない?(しなくて)」と返されると、
「え、でも~○○しなくて××した場合って△△なると思いません?」
「うーん、そうなったら別に××またやればいいんじゃない?」
「でもそうなると、××2回やることなるじゃないですか~うーん、あ、じゃ一旦××やってから○○やってそれでやれば、いやでも○○やんなくて後から結局やれなくなったら…」
「…じゃあ○○やればいいじゃん」
という、じゃあ最初から聞くなよ!と言いたくなる押し問答を一旦かませるのをよく見る。

それも他人の仕事中にやるので腹が立つのだった。
一度目の質問は当然許容範囲である。
「○○した方いいかな?」「しなくていいんじゃない?」
大概は後でどうするかにかかわらず、ここで会話は終了する。
聞かれる方もなんとなく1分で終わる会話と思うから付き合うのだ。

しかしこの人の場合はそこから「でも~」が続く。
聞いてもない、己がこれをやることの必要性を感じた理由とその根拠ならびに己の考えの正当性を論じはじめるのだ。
それが耐えられない。こちらにとっては理由なんてどうでもいいし関係ないのに、自分の説明、というか自分に対して他人の時間を割かせることを当然と考えているように見えて嫌なのだ。

そのため私は意見を求められても考えているふりをして答えない。そして「あっ、うん、じゃあいいや」と自己完結を促している。

外に出れば7人の敵がいる

集団や組織において、自称サバサバ(サバサバという言葉が"自称"や"演じる"という言葉とセットになって久しい)の女性から好かれることが多く、彼女らは私を自分より女性性に関して無関心である(そしてそれは何かが"低い"ことを指す)と勝手に判断し、私に近づくことで私に悟られずに自身のサバサバの補完に成功していると思っている。
(つまり自身が実は非サバサバであることは意識的かはまた無意識かしらないが自覚している)

しかし敵は補食寄生系のメスのみにあらず。


フジロックに行くのだが、今日仕事終わりに毎年行っていたという先輩から
「もう準備とかしてんの?」と言われ、長靴でいくのがいいか、やっぱり野鳥の会の長靴を持っていくのがいいのか迷っていると話していたら、コンサバ女子が、

「○○さん(彼女の華やかな知り合い)はサンダルで行くって言ってたかな、毎年。で、向こうで履き替えるんじゃない?」

お分かりいただけないだろうが、私は、
外に出れば7人の敵がいるな
と思ったんだよ。

マウンティングのマの字でも出れば私はもう喋るのをやめにして以降一切口をつぐんでしまいたい。

わかるけどさ、わかるよ?
"夏フェス"というパリピ的催しに私が、わ た し が参加するのは癪にさわるというのは。

だけど、例えばnestの6Fでライブ、バンド、音楽知識マウントを披露するならまだしも、多分"良いと思うもの"のフィールドも価値観も全然違う私たちがなぜに戦わなければならないのだ。

私はあなたの望むようなフェスの楽しみ方にはおそらく憧れていないし、あなたも私が満足するようなフェスの楽しみ方には価値を感じないだろう。

私は
太陽の下で酒と音楽に酔いしれながら、真昼の気温のせいで"意図せず"くびれたウエストを惜しげもなく披露する機会に見舞われ、日焼けしたパリピたちの"うっとおしい"ナンパをかわしながら、シャンパンで乾杯しイイオトコたちから獲得したい対象としての眼差しを向けられる…

というスタイルの夏フェスにはならないよ。

だから全然私に対して優位に立つ必要なんてないんだよ。
全然フィールドが違う。望むものが違う。あなたが戦うべき人は他にいる多分。その辺一回はっきりさせよう!
もっと無関心でいいんだよ!
私が私なりに夏フェスを楽しむことなんて、取るに足らないささいなことでしょう?
羨ましいならチケット取ってあなたが行って望む夏フェスを楽しめばいい。


私はこんなにもみんなの"楽しみ"に対して無関心なのに。
他人の楽しみに無関心、それは素晴らしいことだと思う。

アポロ計画

副題に
~私たちのアポロ計画
とつく映画が改題を求められたとかいうニュース、劇中ではアポロ計画ではなく名前忘れたけど実際にあった別の○○計画というのがとりあげられているから、なんだそうで、アポロ計画の方が知名度あって分かりやすいからというのが、邦題を付けた側の言い分らしい。

私は「えっ、分かりやすいからって内容と違うタイトルだめでしょ」って思ったんだけど、なんかふと自分の勤める会社に例えて妄想して、きっと副社長あたりが
「○○計画?なにそれしらなーい、だったらアポロ計画でいいんじゃない?その方がわかりやすいしお客も入るよ!いーじゃんいーじゃん!え?内容と違う?どうせわかんないよー!大丈夫大丈夫!え?でもお客がはいんなきゃさあ、ねぇ!たくさんの人に観てもらった方いいわけでしょー?」
って具合になるのかな。
映画好きな人は内容に則してないタイトルなんて違和感あるし作者の意図を無視しすぎて…とか思うかもしれないけど、商売が好きな人からしたらそういう細かいこと気にしないでインパクトとか宣伝大事なんだから云々…に、なるのかな。

ちなみに原題と邦題全然違うって多いよね。

原題→ナポレオン・ダイナマイト(オタクっぽい見た目の主人公の名前)
が、邦題では「バス男」(当時、電車男が流行ってたから)

カトリーヌ・ドヌーヴのわりと最近の映画も、
原題→POTICHE
(飾り壺という意味で、実用性ではなく飾る目的の壺、劇中では主人公のドヌーヴが娘からそう揶揄される)
邦題→しあわせの雨傘
(たしかに傘工場がでてくるが、ドヌーヴといえばシェルブールの雨傘が有名だから?)

シャルロット・ゲンズブールの夫婦を題材にした(しかも本当に夫婦で演じてる)映画も
原題→
ILS SE MARIERENT ET EURENT BEAUCOUP D'ENFANTS(彼らは結婚してたくさん子供をもうけた、みたいな意味らしい)
邦題→フレンチなしあわせの見つけ方(しあわせ、とか○○の仕方、法則、○○になる方法とか多いね)
あとタイトル関係ないけど、昔ガエルガルシアベルナルが好きで表紙にでかでかと顔が載ってたからレンタルした映画は彼が準主役的なポジションだったこともある。

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さて、全然関係ないけど、よく"あえて"へんちくりんな見た目の人を指して

「あれじゃないかなー?うん、あの人じゃなーい?」なんて話してたんだよー?ほらーにてなーい?キャハー‼

なんてやりとり、待ち合わせの場所とかでやるけど、多分最近やってないように思うんだけど、もう絶対やらないって決めてる。

これ、絶対やられてる方に対してやってる方は自分のが上って思ってると思うんだよね。

「ほらほらほら、似てない?ねぇ?似てるよねぇ?!ねっ?ねっ?ねぇ!ねっ!ほらーーーーーーーー!ギャハハハハハハハハ」

もう絶対やらない。

これ言ってるやつ、口振りからも自分面白いって思ってるし、当然普段から全然面白くない。そういうやつ。
こういうやつは、自分が"あえて"よりデブな人とか明らかに老けた人とかを指して"似てる"とか言われた時、何て言ってるんだろう。
ぐっとこらえて「えー?似てない、似てな…あ、似てるわ…!」とか言ってんのかな。

ちなみに、「似てるって思ったけどよく見たら違った」は可とする。悪意がなさそうだから。

自分の言ってる言葉の意味わかってんのか

2ヶ月以上前ですが、
ある朝出勤したらデスクトップが(確か会社のバイク好き40歳がイベント行って撮ったとかいう話してた)
ハーレイかなんかに股がった二人組レースクイーン?の画像に切り替わってたんだけど、この"超絶オモロー最高笑える絶対にスベらないユーモア笑"をやった主に
「これお前の大好きなアメリカで女性社員のパソコンにやったらいいよ」
って言えばよかった~‼

無性に腹が立ったのですぐさま部のグループラインに誰がやったか知らないけど、ともかく批判のメッセージを連続投下し、デスクトップ画像変更主はバイク好き40歳じゃなく妻子持ちやんちゃ系36歳だったことが判明した。それからしばらーくしたある日、

女上司に「そういえばあの画像ある?」と言われ、まだゴミ箱に残ってると言ったら、なんか嬉々としてコラ画像作ろうとか呟いていた。
たしかにさっき別の部下のデスクトップの何かのご当地キャラ?の画像を自分の顔写真にすげ替えて楽しんでいたので、その延長でクレバーな"名案"が閃いたのだろう。

ゴミ箱の例の画像を広げた私のところへつかつかとやってくると、スマホを私に向け写メろうとしたので私は当然のことながらその辺のメモ帳とかで顔を 隠した。
「えっ何で隠すの」とまたスマホを向けるので、再び顔を背けると「えっなんでなんで」とか言っている。
「この(レースクイーンの画像に)私たちの顔をコラ画像して××くん(やんちゃ系36歳)のデスクトップにしようと思ってるのに」
と不服そうに付け加えた。

はあ?!
それ、お前のだぁいすきな××くんのデスクトップを替えて××くんがウケて笑顔(苦笑いだろ)になってお前はご満悦でハッピーかもしんないけど、それやって一体私に何の特があんの?ひとりでやってくれ。だいたいデスクトップすげ替えられたとき私はラインでぶちギレてただろーがよ。
だいたいそのオモロー(もちろん一ミリも面白くないセンスない閃きに対する皮肉)な名案で私だけが人としての尊厳傷つけられて私だけが損してその責任は誰も取らないんじゃん、自分の言ってることわかってんの?!××くんだって笑わない、自分だけが満足する誰も得しない価値のない物事に人を巻き込んでるってこと自覚ないの?それか自覚ある上でべつにいいじゃん、私の踏み台になってよ!って意味で言ってんの?どっち?!

とはもちろん言わず、
「写真に写りたくないからです」
と言って断った。

私は当たり前にそんなの嫌だろ、何言ってんだ!即答で却下だわ!と思ったんだけど世代の違いなのだろうか。
世代の違いです。と言われても、じゃあOK!なんて全然思わないけど。

いったい何をもってそれが面白いと思ったのか説明してもらえばよかっただろうか。なんなら先のご当地キャラへのコラ画像も含めてどの辺が笑えるのか説明してもらえばよかっただろうか。

「おいおい、お前のせいで俺の大事な嫁の尊厳が著しく傷つけられたぞ!誰が責任とってくれるんだ!」
なんて言ってくれる人はいないので、自分で言わなければならない。

二人の告白

告白1

わざわざ年齢の擦り合わせなどしてしまってもしかしたら退屈な人と思われたかもしれない。

そんなことをいちいち確認することになんの意味があるのだろうか。
社会的なり常識的なりつまりは体裁みたいなものにとらわれた人のすることのように思えてきた。

政治的関心を表に出すことを避けようとしない、人の目に触れるところで自分なりの意見を発することができる人に頭が下がる。


生活圏、生息圏の違う人の使う言葉は新鮮味がある。
その人が当然のように(いつも使っているのだろう)表現の仕方や言い回し、その人にとって使いやすい熟語や形容詞、そういうものを垣間見るのは楽しい。
その人の生活圏では日常的に使っているであろう、しかしわたしはまだ口にしたことのない言葉に知性のきらめきを感じる。

彼女が最近気になる人、気になる音楽として挙げたものを、私は知っていたが、それは別の人がSNSに載せていたからである。

彼女のもともと好きなアーティストを知っていたのは、別の人が好きなアーティストとして挙げていたからであった。


本の話になって、小説はあまり読まないらしい彼女だか、この作家は好んで読むのだろう。
町田康は読みますか?」と言った。
私は一冊だけ読んだことがあると話し、タイトルを告げた。
「告白」がおすすめだそうだ。

あの厚いやつ。私は本を読むのが遅い。
と言ったがあと2冊読み終えたらその次は読むことにしよう。

告白2
その1ヶ月ほど前
私は、というより多くの人は緊張しているのに笑顔を作ることは苦手だろう。
最後まで緊張が解れることがなかったようにも思う。気を使いすぎてしまって居心地が悪かったかもしれない。
気軽さの無い会話は面白味にかける。
退屈な人だと思われたかもしれない。

今思えば彼女と話したようなことを話せればよかった。今やっていることに関する自己紹介的な話、始めたきっかけを当時の少しの葛藤なんかを織り混ぜて話せば、打ち明け話のような親密さや、共有を味わえる。
それは会話の醍醐味だと思うけれど、それができなかった。
もっと素直に興味を示しても嫌がられなかっただろうに、形式的な質問や回答ばかりしてしまった。

それでもおすすめの本というのは、浅い関係でも話題にしやすいテーマの一つである。
慎重な口調で
町田康とか読みますか?」
と聞かれた。
私は一冊だけ読んだことがあることと、その一冊のタイトルを告げた。
「告白」がおすすめとのことだった。

初夏の夕、恵比寿西口にて

ずっと手長海老のパスタを上手に食べる話だと思っていたら、本当はミラノ風カツレツだった。

手長海老はドラマの方か。それもたしかクリスマスなんかのスペシャルドラマだった気がする。本を読んだのは高校生の頃だと思う。

だけど手長海老が記憶に残っていたせいでタイトルも手長海老のパスタだと思いこんでいて、「冬の日、防衛庁にて」というタイトルにいまいちピンとこなかった。

江國香織の短編である。なんとなく都会的で洗練されていそうで、ふわっと洒落てる、そんなものにあこがれる女の子の読み物な気がしてきた。

 

きっと彼女は読まないだろう。

 

この短編との相違点は多々あるが、そもそも設定から大きく違う。

誰も不倫も浮気もしていない。

彼女とはこれが初対面ではない。

だけど彼女の方からゆっくり話をする時間を設けることを提案したことや、見かけに反して意外と可愛らしい食べ物を選ぶところ、とても素敵な人だったところは一致している。

 

「他にどんなバンド好きなんですか」の質問にはもしかして先月のことを知っているのだろうかと思ったが、そういうタイプには思えない。

むしろ、そうであった方がよかったかもしれない。網を張って計算高く犯人捜しをしている捜査官になってくれていた方が良かった。

 

俗っぽく、薄っぺらな印象にまとめてしまうことになりそうで嫌だけど、だけどまさに「100パーセントの女の子」だった。

 

実は彼女が誰なのかまだ明らかになっていなかった去年の夏、初めて新宿で見かけた時、そのお洒落さと可愛さに目が釘付けになって一目ぼれしていたのだ。

 

それは話してみても変わらず、本当に魅力のある素敵な女の子だった。

きっと会う人会う人を、こんな風に、新鮮で明るい気持ちにさせているのだろう。

 

こういう子って本当にいるんだ。

朝返し忘れてしまったというツタヤの袋を手に提げて現れた彼女のカバンは、必要なものしか入っていないようでとてもコンパクトで、それでも当然のように本を忍ばせていた。それも小難しそうな文学者だったか社会学者の対談の本。古い本に見えた。

私にはまったくの門外漢のジャンル。

 

自分の意見をはっきり言いながらも、相手を敬う印象を与える。

何か話したときの相槌や自分なりの言い換え、会話のある一言から映画のワンシーンを連想したり、少し変わった概念的な質問をしたりする。

 

その短編では、カツレツを美味しそうに食べ終えた本妻とは、その後会うことはなかったようであるが、私と彼女は今度は買い物に行こうという話になった。(どうなるかわからないけど)

主人公は、素敵で感じのいい凛とした本妻の爽やかな姿に、思いっきり涙してしまう。

その気持ちがよくわかる。