日記

日記です

BARというところ

バーテンダーがシャカシャカやって高いお酒を出して、酒と雰囲気と良い時間をじっくり味わう。

ていうのとはまた違うタイプのバーがそういえば存在する。

それを特に深く考えずに、おじさんとかじゃなく、まだおじさんじゃない若めの人が(かつ酒好きで交流好きの社交的な人が)集まるバーだ、という程度の認識でいたけど、しっかりと用途、目的があるのだなというのは発見だった。

 

高校時代、映画が好きでよくレンタルして観ていたんだけど、映画に限らずだが、そもそも映画を作る監督や脚本家っていうのは“そういう人”だから、やっぱり映画に出てくる人々や取り扱うテーマや場所も、“そういう”テーマ、“そういう”場所になりやすい。

私にとっては映画の世界、つまり業界って意味じゃなく“映画の中”というのは、“そういう”人々が出てきて“そういう”場所に集まることだった。

創作が好きな創作に携わる人が出向く場所っていうのがあって、そこで知り合う人ってのがいて、そういう人のつながりで行く場所ってのがある。

そういうのを目の当たりにすると「映画みたい」って思ってきた。案外いい大人になった今でもそう。

 

だから、“そういう”物を観に行って、“そういう”ことをしている人が、この後近くの友達の店でみんなで飲むんだけどよかったら、と言われて好奇心が刺激されないわけがない。

瞬時に脳があれこれ計算して「行く」という結論を弾いた。

計算の内訳は以下の通り

別世界の輪の中で浮かないかという心配と、NNO(なぜか/飲み会にいる/女)にはなりたくない・・・という懸念と“そういう”への好奇心(と少なからずのミーハー心)。

 

11時も過ぎたころ、続々と人が集まる。ライブハウスとラブホテルのある界隈の地下2階。

なるほど、と思った。

“そういう”ことをしている男性が始めたバーで、ここに誘ってくれた人も“そういう”人で、彼らの経験上かもしれないが、こういう同業の人がライブやなんかを終えた時にでも使ってもらおうという“そういう”場所なのだ。

友達の店、知り合いの店、そういう人の店。

だからおのずと“そういう”人が集う。業界人が集まるとか、若手の何々が集まるとか、そういう場所ってそういう風にできているのか。

 

それに確かに、普通のお客さんに開かれた、むしろ私たちにしてみれば私たちのために開かれた(だってこんなにも楽しんでいるんだし)この催し物も、何かと“そういう”人が、お仕事やお付き合いで観に来ていて、ある程度話が盛り上がったりしたら、意気投合した結果のご縁みたいな感じで人脈なり仕事なりに繋がる可能性もあるわけで、そういう時の、わざわざかしこまって席について会談するほどではないけれど、ここの立ち話よりかは落ち着いて話せる場所が必要なわけで。

 

だから、ってわけじゃないけど、わりと座ったりできるバースペースが併設された会場って多い。もちろん酒代である程度稼いで運営を続けていかないと、という店側の事情もあるのだろうけど。

 

しかしながら、イベントってものが、お客様のために開かれたものであると同時に同業者の社交界も兼ねていると気付いたのは今日が初めてじゃない。

小さなクラブかなんかで社交界を垣間見た時、映画みたいという華やぐ気持ちと少しの疎外感も感じた。

利害関係のある、利益をお互い産み出し合う可能性のある人達と、そうでない私たち。

てっきり楽しみにしているお客さんのためだけにあるのだと思っていた私たち。

 

そういう少し切ない疎外感はもう昔に感じたので、手段としてのイベントと交流について言及したいわけではない。

もちろんその理由には、ここに誘われたという選民意識が過去の疎外感の私を慰めてくれたからということも含まれる。

(だけど“そういう人”として誘われたわけではない。あの中で女で“そういう人”つまり利害関係の関係者だった人っていたのだろうか)

 

「誰がいてもいいって感じですよね」

 

そんな感じだった。エスカレーターを降りたらもう店内で、地下のわりには天井が高く広めのカラオケ部屋と言った感じ。

みんなで飲みに行くと言われていたものの、実際は声をかけた人が最後に合流し、おそらく(私もそうだったけど)声がかかった人は個々にその店に移動し、店内ではそれぞれ特に知り合い同士ではない人が、各々の輪を作っていた。

その夜は誰かが誰かの知り合いで、そりゃオープンしたばっかだし、まだまだ知り合いしか足を運ばないだろう、だけど雑多な雰囲気で、気軽で、とりあえず場を提供してほしい人にちょうどいい店だった。

 

↓↓↓そんな、気軽に飲めるアットホームなバーがこちら↓↓↓

 

 

とURLを載せて宣伝したいわけではなくて。

バーテンダーが本気の酒を出すわけではない店、クラブとかライブハウスのバーカウンターを切り抜いて店にしたようなかしこまらない店。

そういう店が何のためにあるのか知った夜だった。

ビールを1杯飲んですぐ帰った。

 

こういうエッセイ調の食べログの口コミを目にしたことがあるよ。

この季節になると思い出す

この季節になると思い出す。

あれは年度末でそろそろ定期が切れる頃、更新をしようと駅に向かった日曜日。

年度末特有の落ち着かなさと、明日からまた一週間が始まるという既に憂鬱な日曜だったこともあって、この出来事は私には無関係にもかかわらずものすごく憂鬱になった。

前にもブログに書いていたかもしれない。

 

 

中学生にも主婦にも見えるような、だけどおそらく10代後半か20代前半かもしれないけど、全体的に淡い色の服を着ていて、淡い色のパンッパンのカバンを肩から掛け、

(そのパンパンのカバンがまた主婦感を増長させていた)

眠そうな意志薄弱そうな顔つきの、すこしぽっちゃりした女の子。

女の子というくらいの、もしかしたら高校生くらいの、いや、もしかしたらほんとに中学生だったのかもしれない。

 

駅員室の前で駅員さんになにやら訴えていた。

「・・・の人が、  を触ってきたんです」

聞き取れず無愛想というか平静の様子で「え?」と聞き返す駅員さん。

少し声を張って「隣の人が、体をさわって来たんです」言い終わる前に声が泣いている女の子。

少し慌てて駅員室に通し(マニュアルなのか)奥の部屋で誰か女性にバトンタッチしていた、もしかしたら隣に交番もあるし女性警察官だったのかもしれない。

女の子の涙声を聞いて、ああ、言ってるうちに泣けてきたんだなと思った。

それを人に訴えて、その言葉が自分の耳に入って改めて脳が起きたことを解析して、そりゃ泣けてくるわ。

 

だけどもうなんか、生きれない。こういうことが毎日起きてて、こういうことっていうのは痴漢を指してるんじゃないんだ。

 

その女の子は可愛いわけじゃなくて、失礼ながらどちらかといえば可愛いの対極に振り分けられそうなそういう子で、昔、痴漢は“言えなそうな子”を選ぶと聞いたことがあったんだけど、おとなしそうな子を選ぶと、確かにおとなしい言えなそうな子を選んだ方が安全だよなあなんて思ってたんだけど、言えなそうって、言えなそうって、もう頭をかかえたくなるんだけどこういうことなの?

私の個人的な解釈としては、自分で自分のことを、男性の性欲の対象にはならないだろうと、セックスアピールみたいなものはどちらかというとないだろうと、自覚しているような子を選ぶってことだったの?と。

自分が痴漢の被害を、性的な目で見られる以上の扱いを不本意に受けましたと、自己申告しても、ましてや男性駅員に自己申告しても、申告したことで予期せずさらに傷つく扱いを受けるんじゃないかと言う心配が頭をよぎるであろう、そんな子をあえて選ぶのか。

そういう現実を見たのがもう3,4年前。

あれからも時々思い出している。

知人が地元に帰っているようだ

SNSで人の動向を知ることが多いが、SNSレベルの人付き合いの相手というか、がっつり幼少のころからの友人とか、いつも仲良しのいつものメンバーというほどでもなく、いつも一緒何でも知ってる、わけではない付き合いの、そういう人物をSNSレベルの人付き合いと言っておこうここでは。

 

が、毎日開くSNSだったりすると、毎日そのライトな人付き合いの相手の生活の一部をのぞき見ることになる。

 

そんな知人が、だいぶ前に年明けもずいぶん経った頃地元に帰っていたようで、冠婚葬祭のなにかかしら、と思っていた。

それから1か月ほどたち、どうも再び帰省しているらしい。

となると冠婚葬祭か、その布石という状況なのだろうか、そういう気持ちで見守っていたが、具体的に何があったとは示されないが、「祖母」「病院」という単語が目に入ってきた。

この知人の家族は、家族、親族、共同体を大事にしていそうなので、そこから誰かが亡くなるという状況は、とても悲しいだろうと想像すると、気の毒になる。

 

去年の6月私の祖母が亡くなった。

が、私にとってそれは一大事にはならなかった。

そうか、という感じだった。

棺に入れるときの、足袋を履かせたりとか花を飾ったりとか、そういう作業を親族として施した際はぽたぽたと涙があふれてきたが、それは長く暮らした人ともう二度と会うことも言葉を交わすこともないのだなという感覚と、アルツハイマーが進んでいたが、時折孫の名前を口に出していたという話を聞いていたので、おばあちゃんという生き物は、孫がかわいいのだな、しかしその孫というのは、つまり私は深く感傷に浸るでもなく薄情な生き物だな、という、一人の老婆の孫が薄情で老婆からの愛情は一方通行で、それはなんだか可哀相に感じて泣けてきたのだった。

 

もしも将来孫ができても、私はさして孫から愛されず大切にもされないことだろう。

 

が、このSNSの知人の家はきっと違うだろう。

家族との永遠の別れを、心の底から惜しむだろう。その悲しさを想像すると悲しい気持ちになる。

ミス◯大にディスられたこと

ふと今さら遠い記憶を思い出す。
ミスに◯大にディスられたこと。

寮の何人かで代々木公園のフリマに出ようということになり、場所代をみんなで割れば安くなるしいらない服を売ってお金も入っていいじゃないかと参加した。

私は当時まだバイトしていない時期だったか、バイトをしていたもののアルゼンチンに行くための費用を貯めていた頃か、ともかくお金もセンスもないためろくな服がなかったが、そこからさらにろくなもんじゃない服を売りものにしたのだった。

言い出しっぺのミス◯大やその友達はお洒落だし売っていた服もMOUSSYとかだったと思う。
私は1、2着しか売れず、一番売れたのは彼女たちで、それでも皆余った服が予想より多くこんな大荷物を抱えて帰るのは嫌だと口々に言っていた。

そこで、荷物を処分するためにも原宿の古着屋に売りに行くのはどうかと提案したのだった。

今になれば、古着屋のほとんどが(中古のディスカウントショップ的なところでない限り)海外で買付をして売っているので個人からの買い取りをしていないことくらいわかるのだが、当時はこれで解決すると信じて疑わなかった。

重い荷物を肩から背負い大きめの古着屋へ(一番目立つし近かった)なんとか着いたが、やはり断られてしまった。
名案ではあったが世の中を知らなすぎた学生時代時代の私。

「えー」「かえろう」と口々に落胆の声が漏れる中、
「もう、だーれー?古着屋もってけば売れるって言ったの 」

とミス◯大が言ったのをいまだに覚えている。
私は善意で提案したし、他に誰もこの大荷物の解決策を出さなかったし、というか、こんなこと言ったら傷つくかなとか気にさわるかなとかの気遣いは?

それに私が1番売れなくて場所代以下の売り上げでマイナスなのに。

その後みんなでパスタを食べて帰ろうということになり、1番安いパスタを頼んだのだった。

それから数年たち、卒業後、まだあの頃はmixiをやっている人が多く、私たち寮のメンバーはmixiで繋がっていた。

そうはいってもSNS上の交流というのもそんなに盛んではなかったが。

就職してすぐ、引っ越したこともあってまだネットが繋がっていなかった私は、mixiは携帯で(ガラケー)更新しコメントを返したりしていた。

そしてネットに繋いだある日、マイミクの人数が減っていることに気づいた。

減っていたのはそのミス◯大だった。

なぜ急に?mixiを辞めたわけではなく、単にマイミクを外されていたのだ。

全く思い当たる節がなかったものの、もともとすごく仲良しと言うわけでもなかったのであまり深く考えなかったのだが、自分の過去の投稿を見て気づいた。

ミス◯大のコメントにだけ、返してなかったのだ。


それで合点がいった。

もう会うこともないだろうという、薄い関係ではあったが、他の寮の友達同士は仲がいいので、今後の関係を考慮して、すぐにでも弁解のメッセージとマイミク申請をして事なきを得るべきだったのかもしれない。

かもしれないが、しなかった。

自分をディスった人の方が美しく人から称賛される人だなんて嫌だからだ。

どのみち切れる関係だったとは思うので、選択ミスとは思っていない。

相対的

目に見えて上手くいっていないな、と、はっきり確認できることがいくつかあるけれど、それでも今が一番充実しているな。

私のこの今の現状で充実しているだなんて、なんて程度の低いことでしょう。


この間、狭い世界で話題になってたノンフィクション観たんだけど、充実とか幸福とかって自分の中で過去のいつかと比べたりして相対的にしか測れないよね。

楽しい、幸せ、ってじんわり幸福感が広がっている日ってあって、だけどふと、このくらいのこの程度の幸福感ってみんな日常的に感じてたりして、って思って真顔に戻る。

あるいはよっぽど過去がつまんなかったのかなとか。

ともかく、今上手くいっていないことも多いんだけど、それでも充実してるって思うんだよ。だけど多分こんなのはこんなのなんだよな。

今日の夢

私と私の友人と知人の同居人(女)が暮らす。
同居人はとうとうキレて夜中に母の首を手提げ袋の紐で絞める。しかし上手くいかず今度はビーズのネックレスで絞める。

私は眠れないことにイラついて布団を持ち出し外で寝ることに。母はひどいのでそのくらいのことをされても仕方ないのだ。殺人のゴタゴタに巻き込まれたくないので私は外で寝る。

朝方戻ると友人が「外にいたんだね」などと話す。

母はベッドに仰向けに寝ており、話しかけると右耳が聞こえないらしい。昨日の絞め殺されかけた影響か右目も白濁し動けないようだった。

私になにか普通のことを話しかける。どこ行ってたの、とか。
私は母を見殺しにしようとしたことを申し訳なく思い泣きながら抱きしめた夢。

影響を受ける

影響を受ける、というと割とポジティブな意味で使うイメージがあるが、実際は影響を受けた結果が良ければ、いいように反映されていれば、良い影響を受けたとなり、結果が悪ければ悪影響を受けたとなるのだろう。

それでも前向きな人はいい経験になったと思うのだろうけど。

だいたい終わったことに対しては、たとえ失敗だったとしても、経験になった、このおかげで私は成長できたと思う方が楽である。

 

得てして美人はまっすぐであるが、美人でない人が美人に影響を受けてその行動を自分にトレースした場合それは良い影響を受けたことになるのだろうか。

 

半年以上前に都内某所でなんて素敵な女の子だろう、と思った魅力ある女子に接触する機会がその数日後に訪れ、それからしばらくして、ある企画があるので今度ゆっくりお話ししましょうと言っていただけることとなった。

そんなやり取りを顔の見えないDM上でやることになり、彼女は素直に向かってきてくれているのにもかかわらず、私は勇気が無くてドアから身を出しきれないままだった。と今は思う。

自分からあまりに大きくドアを開けてしまいびっくりされたくない、という稚拙な恐怖心のあまり、相手の出方を見て、受け身で待機する安全策を取ったのだった。

それがなんて大人げない恥ずかしい行為だったろうと反省している。

 

それにしても魅力的な彼女はとてもシンプルで主体性がある。なんて素敵なんだろう。それはこれまでやってきた事やそれで至る今の自分自身への自信に裏打ちされたシンプルさだ。

あなたに興味があります。だからゆっくりお話しましょう。よく知り合いましょう。

 

そんなわけで、人を動かすのはいつも美しい人なのだ。

こうして私だけでなくいつも誰かに影響を与えているのだろう。

 

そういうわけで触発されてしまった私はまんまと影響を受け、主体性を持つことの心労を味わっている最中である。

結果が良ければいい影響を受けた、となり、結果が悪ければ終わったことについては好きに思えばよいのである。