日記

日記です

文学イタ電

おはようございます。

天気の良いさわやかな日曜の朝ですね。私は早起きをして朝食を済ませシーツを洗って干しました。洗濯日和のきもちのいい朝です。

 

さて、昨日「ライ麦畑でつかまえて」(野崎孝訳)を読み終わりました。2年くらい前にも村上春樹訳の「キャッチャーインザライ」を読んでいたのですが、最近フラニーとゾーイーも村上訳が出版されたのをきっかけに、これは野崎訳が村上訳に淘汰されていっていずれ消えるのでは?と思い渋谷のブックオフに探しに行きました。なぜわざわざ古本屋なのかというと、できればあとがきつきのものが欲しかったからです。(サリンジャーの本はあるときから、作者の意向によりあとがきつけるのが禁止になっています)

運よくゲットできました。

 

私はライ麦畑はたいして好きな本ではありません。

以前に村上訳を買ったのも、実は高校生の頃、野崎訳を読んで途中で挫折したからです。「奴さん」とか言い出す主人公の口ぶりが妙にイライラしたし、面白いとも思わなかったので途中で読むのをやめました。だから今度こそ!訳が違えばおもしろいのかも!ともってね。で、村上訳は最後まで読み終えたのですが、感想は主人公イライラする。でした。

 

でも今回野崎訳に再チャレンジした結果は、村上訳よりイライラしない。でした。慣れたのかな、私が大人になったのかな。

 

そんなことより、この野崎訳で1番言いたいことは、やっぱり「オマンコシヨウ」です。

 

どうやらファックユーをこう訳したみたいなんですけどね。これ、村上訳ではファックユーとそのまま書かれているんですが、野崎訳当時は、ファックユーって浸透してない言葉だったんだね。(ネットで見たら誰かのブログで誤訳と言われていた)

 

そんなことより、私はこの「オマンコシヨウ」という言葉に接したのは、人生で2度目であることを思い出しました。

 

昔々、小学校低学年の頃、家にイタズラ電話がかかってきて、その時電話の向こうから男の人の声で「オマンコシヨウ」と2回くらい言ってたな。

子供ながらに卑猥なことを言ってるのは分かったけど、聞きなれないし意味が判別しづらい言葉だったので、どこかの方言で何かエロいとを言っているのだと思っていました。

 

まさかサリンジャーからの引用だったとは!

文学的変質者だったのか。

 

そう思って、なんかすごく人生のどうでもいい謎が解けたというか、ただのイタ電と思ってたものが、というか忘れてた出来事が違う意味を持って私の脳に再保存された。

 

でも、もともとこの「オマンコシヨウ」自体、ライ麦以前から使われてた言葉なのかも、と思ってネットで調べたんですが、やっぱりライ麦の話題でしか出てこない。となると、やっぱりあのイタ電の変態野郎はサリンジャーを読んでいたのかな。