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日記

日記です

視野を広げるのは関係を狭めるため

突発性難聴になったので会社を辞めようと思います。だと、どうも理由として弱いらしい。

まあ、実際は前々からというか入社したときから(いや、その前から)きっかけがあれば、なにかきっかけがあれば辞められるのに、とずっと思ってきたんだけど勇気が出ず、まあいろんなことが重なって、そこに突発性難聴が発症したので、私としては決め手となったんだけど、面談で前から仕事が嫌いだったとか、あまり突飛なことは言いたくないし穏便に済ませたい。

 

先週月曜日、人事の人との最終的な意思確認の面談の前に、エリアの部長さんと面談があった。

 

元々は金融系の営業マンの方なので、もしかすると無意識にやっているのかもしれないけれど、ともかく営業話法を用いて、私の適当な辞め文句をつぶしてくるのだった。

(よくお客さんが決断を避けるため、今はお金がないとか今日は時間が無いとか言った時に即座に意見を出して、その断り文句という逃げ道を無くす切り返し話法)

難聴で機械音が響くとか、営業が苦手で今後営業でやっていくことが難しいとかなんとか言ったんだけど、「でも、」と切り返してくる。

 

で、最近後輩が会社を辞める時に、前から会社のテニスチームに所属していたのでこれからはテニスに集中したいと言う理由で辞めたと聞いていたので、よし、これだ!と思った私は、「友人と絵本を作っていまして、今後はそういう面もちょっと視野にいれつつ・・・」と言ってみたところ、

 

「絵本ねえ、まあねえ、静か~~~なところで、お絵かきしていけたら、ね・・・う~ん・・・」と渋い顔を伏せながらうんうんと頷いていた。

 

私もその場しのぎの辞め文句ではあったけれど、あまりに露骨に小馬鹿にされたので笑いそうになった。

ここで「いや、絵は友達が描いてまして、私は絵ではないんですよ、文を、書く方なんです」っていうアホな訂正を入れればなおよかったかな。

 

そして一応穏便に面談は終了した。

 

最近、というかこの2年ほど、特定のコミュニティで知り合った人に「展示会などをやる人」ということが明らかになるとことさら歓迎されるという場面に多く当たったので、しばらくこのような「夢見がちなおばかな人」という視線を送られることを忘れていた。

私だってこういうことやる前は、創作をやっている人には羨望とちょっとの軽蔑みたいなものと半々だったし。

そして同時に、なぜ今まで“そっち”で知り合った人達、すでにある程度力をつけている分別ある大人の人達でさえ、こちらがただのお客さんだったものから、実は「展示会などをやる人」と知った途端(こっちなんて歴もレベルもましてや知名度なんて皆無だから相手にメリットはもたらさないのに)関係が横並びになるというか、ぐっと親近感を持って接してくれるし、嬉しそうにしてくれる、その理由はなんとなくわかるけど、それがはっきりした日だった。

 

同時に、辞めたい理由はたくさんあったけど、もう一つ新たな理由が明らかになった気がした。

「展示会などをやる人」を真っ向から否定、というか今までに興味も無かった分そういうのと関わったことがないからまるで得体がしれない、そもそもそういうのは存在自体ないものとしている人達の中にいたくなかったのかも。

とはいえ、私には何の特別なスキルもないので、なんとか営業だけはしない、事務の仕事で雇ってくれるところを探すつもりですが。

 

よく大学時代とか視野を広げろって言われたけど、それって最終的にはある程度大人になった時に、自分に適した環境をしっかりと選び取るためだったのかもしれないなと思う。

私よりちょっと大人の世代って、見てるとわりと類友でかたまってる気がする。

まあ進んだ環境がそうなら自然と似たような人が集まって、最終的にはそこでコミュニティができるんだろうけど。

でも視野を広げるのは、一度大きな網を張って、その中から合う合わないの振り分けを、取捨選択をするためだったんだろうな。

私もきちんと、もっと早くから網の中を片付けて、必要なもの不要なものを選択するべきだったんだ。なんとなく、周りのみんなは大人になる過程で自然とそれができてるように見える。

 

断捨離は苦手だ。

捨てた後に困るかも、っていつも考える。後で困ったらどうしよう、って考えて既に不安になるというパターン。(予期不安というらしい)

だから私のクローゼットにはもう明らかに着ない服とかも入っている、勇気を出していらない物を捨てていこう。