日記

日記です

私、シャルロット・ゲンズブールとかソフィア・コッポラみたいに生まれたかったな。

 

正統派のサラブレッド。

よくお金持ちの家に生まれた問題児セレブもいるけど、そうじゃなくて真っ当に正統に親みたいな道に進んでしかも成功してるっていう。

 

しかもアート系な家庭っていうか、映画監督の親で小さいころからそういう人達に囲まれてそういう世界を見てきて、ていうかこの人たちにとっての世界は“そういう”系なんじゃないか。

画家ってだいたいパリ生まれだし。つまりフランスのどっか、私じゃ見当もつかないマイナーな町の出身じゃなくて、トーキョーとかロスとかNYCとかつまり都市生まれ。

 

だって田舎に住んでたら、世の中に絵を描いてお金を得ている人間がいるなんていまいちピンとこない。空想のおはなしっぽい。でもパリじゃしっかり目の前に存在してるのを確認できたりするんだろうし。お金持ちの家は絵を買う機会もあるみたいだ。

 

見ない知らないじゃ、それを目指すって発想もなかなか生まれないはず。

 

画家ってパリ生まれ。

 

 

そんなわけで明日はアーティストの姉を持つ女の子主催のイベントにお邪魔するわけで、その人にとっての“世界”その人にとっての“普通”その人にとっての“みんなやってる”は、先天的なものも要素としてはあるけど、その人の身を置く環境によって出来上がると思う。

 

私の認識する“普通”よさっさと大きく変われ。

 

絵やってる、描いてる、書いてる、音楽やってる、作ってる、ライブやってる、イベント開いてる、っていうのがだいたいみんなやってる部活みたいな割合で普通のこと、になれば、なればなんなんだろう。こういうのってちょっとマイノリティだからこそ楽しいとか親近感生まれるとかそういうメリットもあるしな。