日記

日記です

だけど働きたくない

働きたくない。全然。

とりあえず内定が出てしまえば、緊張は解け、気持ちはいとも簡単に以前同様の働きたくないに戻る。

 

しかしながら、明日から仕事は始まってしまうので、先日最後の平日休みにアットホームな前の職場へ仕事が見つかった報告も兼ねて挨拶をしてきた。

 

実際のところ、前まで本当に毎朝嫌な気持ちで、嫌で嫌でたまらない気持ちで通勤していた場所に行って、もうここに来ることは無いし、ここまで嫌な気持ちにはきっとならない、まだマシ、大丈夫、と自己暗示をかけるためと、まあちょっくら、前職とまるで真逆の環境に、真逆どころか世間のイメージからするとちょっとしたシンデレラストーリーとでも言える環境に行くので、ま、ご報告してちやほやされに行くか、という目的で行ってきました。

 

最近そこそこな距離感の人に会うこともあり、仕事が決まった話をし、何の仕事かと聞かれ答えると、みんな「すごい・・・」みたいな反応になるので、ちょっといい気分。私だって勤務地含めてああカッコイイってその言葉の響きには酔いしれてる。

もう前みたいに、(ださすぎて絶対言いたくないという前フリを自らしていたものの)あの社名を言った時の、みなさんの労りの眼差し、あれがもう見れなくなるのね。

 

とは言っても、もう前職なんて過去。

前の職場の人にどう思われようが私には何の影響もなく、人前で新しい仕事のこととか転職の過程とかぺらぺら喋ってそれが自分の耳に入って、それにちょっと酔ってという感じで、特に前向きな気持ちになれるとかそういう効能は無かった。

 

だけど唯一、できれば前職の皆様からこの人の耳には入れておいてほしいという人物が一人いた。

もう昇進して異動になった前の上司である。

 

この上司は、私が退職する少し前にこちらの店舗に電話をよこし、頑張ってねとかそういう励ましとお別れの挨拶をくれたのであるが、私は単に挨拶の目的のみで連絡をよこしたわけではないのだろうと思っている。

おそらく、ちょうど私が辞める少し前に突発性難聴になり、その少し前に飲みの席でこの上司と軽くもめた形になってしまったこともあり、辞めることに少なからず自分が関わっているのではないかという気持ちがあったからだろう。

 

私としては前から辞めたかったし、何か辞める決定打待ちという感じでなかなか決断できないでいただけで、年齢的にもそれとちょうどよく突発性難聴なんて重病そうな名前の何かが発症したのでやっと決心がついたというだけである。

 

で、この上司の耳に入れておきたいのは、単に仕事がきまりましたのでご安心を、という意味合いではない。

 

私は電話をもらった当時、口ではありがとうございますとか言っておきながらも、内心腹が立っていたからである。

 

電話の内容は、まあ、お疲れさま転職頑張って、という内容と、おそらく悪気はないのかもしれないが、

「まあ、もし、転職があれでもさ・・・その、またここでバイトから入って正社員目指すことも、できるし、ね・・・」と言葉を選びながら言っていた。

 

もちろん私だってそう思っていた。もしかしたらこんなところで何年もいた人なんかに世間は用は無く、働き口が見つからないかもしれない。あるいは、もし見つかっても本当に劣悪な状況になるかもしれない、そうなったら、またここでバイトから入ってなんとか食いつないでいこうと。そこまで考えて、それでもいいから辞めようと決意したのだった。

他の会社からここに転職してきたこの上司にしてみれば、私みたいなのに、ここ以外の仕事で見つかるなんて思えなかったのだろう。

と、私は真っ先に思ったのだが、あるいは、ここみたいにぬるい会社は他にないから、他に行ったら、世間を知ったら、きっと音を上げて退散する羽目になるだろうと思ったのかもしれない。

 

いずれにしても私には、転職や他の会社でやりぬくポテンシャルは無い(あえて能力とか力という書き方はせずポテンシャルを使う)と判断していたのだろう。

 

私は受話器を持ちながら、言葉に何の感情も込めず返答していたが、内心では絶対にそんなことにはさせない、絶対に仕事を見つけてやろうと決心していたのだった。

ムカつく。

無自覚に人を見下した人だった。

(しかし上司としては、仕事もできるし気配りもできるし、結婚している売約済みの人といいうのがとても納得のいく“いい人”だった)

なぜ見下していたかというと、会社での私はまずどうでもいい格好で通勤していたし、通勤着以外でも、容姿が女性的な華やかさに欠けていて、能動的に仕事をするタイプではなかったからだろう。それに、営業のできるものこそ真に必要な社員という風潮も強まっていたし。(事務処理の能力と申し分ない業務知識は彼の中ではノーカウントだったのだろう)

彼の目に映る姿が30点であれば、世界中の人間も同じく私に30点を付ける、という判断。

 

だけど、私はおそらくこの“いい人”とは折り合いが悪いのだろう。

人には相性がある。

次の職場だって、当然“いい人”はいる。

“いい人”が能動的に働き会社を支えている。

なんとか、“いい人”に私が“悪い人”であることが嗅ぎ付けられなければいいが。

私が悪い人かどうかは分からないが、いい人とそれを支持する人が多ければ、おのずと悪い人になるのではないかと予想している。