日記

日記です

無頓着

そういえば、前のアットホーム系の職場にやっと仕事が決まりましたと挨拶に行ったとき、そこの一番偉い女の上司(50代の気のいいおばちゃんというかんじ)に、冗談っぽくだけど
「(仕事が決まって)よかったわね~…結婚は?笑」
と聞かれて
「それはないです」
と笑顔で即答したけど、それ聞かれた時、この人私のこと嫌いなのかなと思った。


と、いうより、本当はこの人前々から私のこと嫌いだったのかなと思った。

配属当初は、優しいいい人、お母さんって感じの人だよねーと周囲からも評判のいい親しみやすい雰囲気の上司の店舗でよかったと思ったけど、徐々にそのあっけらかんとした無頓着さが私には欠点に見えてきて、というか、無頓着という処世術にも見えてきて、腹の中はどうなってるんだろうと思ったりもした。

怒ったり、キツいとを言ったりする人ではなかったし、営業もこなすし、いい人に振り分けるのは妥当な人だが、忘年会とか歓送迎かいの後などになんとなく流れでカラオケに行き、カラオケにいったはいいが、誰もしばらくマイクを取らず、もちろんカラオケなんていきたかない私は絶対にマイクを取るもんかという気持ちでいて、そのカラオケを提案した本人が、あら、だれ誰も歌わないの?という態度だったりと、そういうところにイライラしていた。
誰にも望まれずに開かれる二次会。
他の人たちも周りに合わせるタイプなので、全員が全員みんながそうするなら、という態度である。
その中で気を使って率先してなにかやったところで、疲れるだけで特はない。
損なことは分かりきっているので、私は自分の送別会の時は頑なに、みなさんどうします?どうしましょうか、どなたか
カラオケ好きな方、どうぞどうぞ、みたいな態度を崩さなかった。


「結婚は?」という年齢的な決まり文句の質問に、「もーないですよぉ~誰か紹介してくださいよぉ~~っ!」みたいなことを言うのは大嫌いである。

やっと仕事が決まり、新しい職場でうまくやっていけるか、仕事は自分に合っているかなんとか食べていけるのか、そんなことを少なからず悩んでいて、まずは仕事である程度の目処をたてて落ち着きたいと考えているところに、思いもよらない結婚はという言葉。

そりゃ、多少は響きのいい新しい仕事の自慢を兼ねての訪問だったが、そんな不躾なこと言われるとは思いもよらなかったので、私は嫌われているのかと思ったのだった。

嫌われているは別にいいが、にこにこした顔でなにごとにも無頓着で付き合いやすい風の上司に対する不信感がはっきりした瞬間だった。

最近、綿矢りさの「かわいそうだね?」に出てきた主人公の彼氏の元カノの描写で、不意にこの上司を思い出したのだった。

元カノの容姿と上司の姿はかけ離れてはいるが、主人公が元カノと会話したときの印象はまさにこの上司で、第一印象は気さくで話しやすいいい人なのだが、主人公はその長所が同時に短所にもなっていることを、二度目の接触でこう評する。

会話をしているときは自己主張が少なく自分からは話さずに、相手の言うことをうなずきながら聞いているのだけれど、聞き上手というよりは、ただぼうっとしている。だから話している相手は手ごたえがなく、彼女がちゃんと聞いているのかどうか不安になる。



この上司をぼうっとしているとは思ったことはないが、話していて手ごたえがないという部分がしっくりくる。
配属後初めて昼食が一緒になった時、私はこの上司が私自身についての質問を一つもしてこなかったことに驚いた記憶がある。
想定していたことは特に聞かれなかったのだ。なんというか、新しい部下がどんな人なのか、どんな人間性なのか、そこには全く興味がないという印象を受けた。
お客さんと会話をする時みたいな、軽いなにもない、空気のような会話をした記憶がある。まあ、仕事に何の気持ちも持っていない私なので、そういうところが面倒な緊張感を持たずにすんで、ここの店舗でよかったと思ったのだが。

いつも、営業が苦手という話をしたとき「(難しく)考えすぎよ~」と言われた。というか片付けられたといいたい。

しかし、この本の元カノも、後半ただのか弱い隙のある手ごたえのない女が本質ではないことが見えるのだ。

私が辞める少し前の飲み会で、この上司の本音を聞く場面があった。

私の営業が苦手という話が徐々に掘り下げられ、結果営業が嫌いという内容を吐露することになってしまったのだ。

その時上司は初めて真剣な顔で、「だけどうちは営業の会社でしょう?営業をしないと会社にお金が入らないから会社が回らないじゃない?それねのに営業をやらないっていうのが分からないの」

ああ、ずっとそう思っていたのかと思った。
苦手だろうが、嫌いだろうが、営業ができない理由を探さないでとにかくやればいいのに。やらないとしょうがないのに。

この「うちは営業の会社」という文句は、よくお偉いさんが式典で使うキャッチコピーで、次に、どこで誰が聞いてきたのか「出来ない理由を探さない」というのが、営業に関する社内報が回ってくるときのゴシック体で太字で書かれる文言だった。

私はこの日、そもそも根本的に私はこの社会と考え方が違うのだと気づいた。
それどころか、この会社にいる以上はもちろんこの上司の言葉が正解で、私の意見や考え自体が成立しないのだと思った。私も頭では上司の言葉が理解できないわけではなかった。
だけど、私は自分の考え自体が淘汰される、淘汰されるべきものとして存在するこの会社には、あと何十年も居ることは出来ないと、やっとわかったのだった。