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日記

日記です

悔しい思いでカレーを食べていたのも6月だった

いつからか始まって以来、あいかわらずの楽しい生活を送っているんだけど、時々人知れず悔しい思いや、もどかしい思い歯がゆい思いをしている。

(てことは、目に見えないだけで他人たちもそうなのか)

最近ある曲の歌詞を聞いて思ったのは、なんだかんだ悩みの質が上がっているなあということ。

 

悔しい思いが通り抜けていく時なるべく捕まえないんだけど、時々それが居座って(というより蓄積されているのかもしれない)それでいろいろ考えるけど、ともかくその出口は1つで、なるべくそんな思いをしないために、やっぱり理想は追求するほかないということ。

それ以外、おそらく完全手遅れの状態になるまで、あるいは完全手遅れだったと気づくまで、そうなるようにするしか方法がないということ。

自分を満足させるって骨が折れる。

とは言っても、何もしていないんだけど。

 

定期的に暗い気持ちになるのは、おそらくPMSとかそういう生理前の儀式みたいな女性ホルモンの何かなのかもしれないけど、ともかく今日もふと頭をよぎったのは、

私なんかに褒められたりしても嬉しいんだろうか

ってこと。

そういうわけで、そういう気持ちになるのが嫌ならそうなるようにするしかないということ。で数行前に戻る。

 

いつだったかも、似たような悔しい思いをしていた。

そに比べれば、今はその悩みの質は1段上がったんじゃないかともいえるけど、特別何の解決にもならない。

 

昨日観たウディ・アレンの新作で、鬱々とした中年主人公(カントは~・・・という語りから始まるんだけど彼は哲学科の教授)は完全無気力で受動的虚無主義って感じで、哲学は精神的自慰だとか授業で言ったり、でも殺人計画を機に前向きになり生き生きと生活し始めるんだけど、殺人計画を立てるときに、死んでほしいと思うだけじゃ殺せない、行動に移さなきゃ!というのが前向きライフの起爆剤になってたっけ。

それと、根拠はないけど一度は自分を犯人じゃないかと疑った恋人に、とうとうやっぱり犯人だったのかと突き止め問いただされた場面で

「(いろいろ推測して回り道してたけど)そう、直感は信じた方がいい!」

って言い放つの笑えた。

 

鬱々→殺人計画→喜々というサイクルを観ていると、ああ、生きてるとそれなりにまた楽しい時って来るのかも些細なきっかけで、と自然と思えた。少しの目の位置でなんにでも変われるってゆらゆら帝国も言ってたし、今ゆらゆら帝国なんて普通の顔して言ってるけど、ちゃんとCD買ったのは去年の話。

 

だけどとりあえず今は、悔しい思いが居座っている。