日記

日記です

リバーズエッジの"平坦な戦場"はどこぞの外国人作家の引用だと知る

深夜に起きてるのはいいなあ やっぱり。

今日は数週間前に読み返してたリバーズエッジを読むのを再開して読み終えた。面白かった やっぱり。

日曜はラジオが終わるのが早い。深夜の映画もやっていたりしない。テレビで別に見たくもない映画を見たいのに。

Twitterもインスタもほぼ更新されなくて、みんな(全くしらない他人たち含む)寝てるんだなぁと思う。


それでふと、急などうにも回避できない事情から東京を離れることになる自分の姿とかを思い浮かべる。
東京にいる友達も、東京近郊にいる友達にも、友達未満、知り合い未満で、"会う"という言い方が適切かどうか微妙な人たち、でも私が好いてる人たちにも会えなくなる。

今みたいな生活は無くなって、パルコやポンプフューリー、夏はドアを開け放って半テラス状態のタイ料理屋、ブルーボトルコーヒー、ヴィンテージワンピースなんかから断絶された世界に舞い戻り、素敵な時間だったなあ(だけど年齢的にも潮時だった)と自転車を押す通勤途中に懐かしむ。

変わらずすずらん通り商店街は11時頃に店を開け、お洒落な店員さんと町は呼吸を繰り返す。

ぼくらは朝をリレーする?

カムチャッカ半島ノルウェー並みに、遠い遠い途方もない距離に東京と過去がある。

ヤフーのトップページで東京のあの人たちの活躍を知る。
一瞬、一気に記憶か呼び戻され、断片的にいろんなひとコマが鮮明に浮かぶ。
きっと、その時なぜか思い出すのは、壁に貼られていたポスターとか、顔をまともに見た覚えのない受付の人とか、ロッカーとか、スタンドの灰皿。
緊張、煙草の臭い、感動、Tシャツのロゴ、高揚感、プラスチックコップの手触り…

「お昼どうします?」

の同僚の声で現実に戻り、感情の波も治まり、海があったかもしれない場所は再びいつもの穏やかな湖、あるいは小川に戻る。なぜか灯台があるけど、私はもうあまり気に留めない。
同僚とパスタか和食かで悩み、結局コンビニにする。(今日はたまたまお弁当を忘れたのだ)


そういうことを考えて、残念だけど仕方がないと、きっと思ったよりそんなに悔やまないだろうと想像する。


そういうことを深夜に思う。
ということを、なんの繋がりもないあの人たちも思ったりするのかもしれない。と思ったりする。

そういうことができるのは、やっぱりこういう深夜だ。やっぱり深夜はいい。