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日記

日記です

さんしーもかんけいない

ぜんぜん日記書いてない。

でもそれはそれだけ悪い事もなかったってこと。とびっきりのいいこともなかったし最低最悪なことも無かった2か月ってことだから多分いいこと。

 

高校時代の友達とダリ展行ってきたんだけど、その時に後になってふてくされた気分になった話を一つ。

 

前から行きたかった居酒屋で楽しく飲んでた時に、地元に帰った時の話になり、○○ちゃんとかには絶対会いたくないなどの楽しい悪口で盛り上がった後、親が私の昔の幼馴染(もう縁切れてる)に彼氏がいるとか世間話を持ち掛けて結婚の探りをいれてくるよ、っていう年齢的なあるあるを披露したら

「あの隣の(デスク)の人は?」って言われたのが思い返せば傷つく話だった。

 

こんなことでいちいち何か思われちゃもう誰もかれもが私に対して何も言えないよ・・・ってなるのは分かってるんだけど、天気の話とかテレビの時事ネタしか言えないよってなるのは分かってるんだけど、何の気なしにもうかってまっか?ぼちぼちでんなーのあいさつ程度の深い意味のない言葉だったと思うんだけど、受け取り方によってはこうとれる、という話を。

 

「今いないの?」

「うん、いない」

「あの隣の人は?」

「え?ああー結婚してる人だよ?子供もいるし」

 

この隣の人ってのは、会社の隣の席にいる先輩というか上司というかそういう人で、入社後度々友達との話題にも出したことがあったんだけど、それは全て、いかにもこの会社のカラ―ってかんじのビジネスパーソンで、私がダル(ビッシュ)ってあだ名を付けて、まるでフィールドが違う人として話のネタにしてた人。

面倒見のいい人だし、世間一般から見てもかっこよくていい人だと思うんだけど、少なくとも私の友人であれば、タイプじゃないってことくらいはよくよくわかると思う風貌だし、私の口ぶりからもそれはよくわかることだと思うんだよね。

(もちろんイケメンが私を相手にしないというのはここではひとまず置いといて)

 

その人のことを、彼氏がいないという話の流れて、あの隣の人は?って。

あの隣の人は、見た目も性格も好みからかけ離れてるのは友達ならわかるよね?

って話。

つまり私は、好みだろうが好みじゃなかろうが、付き合の長い友達から見ても、もうそんなことは関係なく、恋愛関係を視野に入れて“アタック”した方がいいってことなんだ。

自分はサウスパークのカートマンの吹き替えがLiLiCoだってことをニュースにできるような人が相手なのに?

わたしは一ミリもそんなことを共有できるはずもない人でももういいんだ。

ジジイじゃない独身の男だったらもういいんだ。

私には3Cとか関係ないんだ。

 

関係ないんだってさ。

以上。

 

 

もしかしたら、「あの隣の人は?」「えーあるわけないじゃん、だって私はこういう人がすきだもん」って好みのタイプとか何かほかの恋愛の話に続く・・・っていう適当なキッカケだったとも考えられるけど。

「あの隣の人は?」だってさ。

「今日はベルサイユはたいへんな人ですこと」のデュ・バリー婦人みたいに走り出すのが吉か。

「あの隣の人は?」「あの隣の人は?」ですってよ!!!