日記

日記です

影響を受ける

影響を受ける、というと割とポジティブな意味で使うイメージがあるが、実際は影響を受けた結果が良ければ、いいように反映されていれば、良い影響を受けたとなり、結果が悪ければ悪影響を受けたとなるのだろう。

それでも前向きな人はいい経験になったと思うのだろうけど。

だいたい終わったことに対しては、たとえ失敗だったとしても、経験になった、このおかげで私は成長できたと思う方が楽である。

 

得てして美人はまっすぐであるが、美人でない人が美人に影響を受けてその行動を自分にトレースした場合それは良い影響を受けたことになるのだろうか。

 

半年以上前に都内某所でなんて素敵な女の子だろう、と思った魅力ある女子に接触する機会がその数日後に訪れ、それからしばらくして、ある企画があるので今度ゆっくりお話ししましょうと言っていただけることとなった。

そんなやり取りを顔の見えないDM上でやることになり、彼女は素直に向かってきてくれているのにもかかわらず、私は勇気が無くてドアから身を出しきれないままだった。と今は思う。

自分からあまりに大きくドアを開けてしまいびっくりされたくない、という稚拙な恐怖心のあまり、相手の出方を見て、受け身で待機する安全策を取ったのだった。

それがなんて大人げない恥ずかしい行為だったろうと反省している。

 

それにしても魅力的な彼女はとてもシンプルで主体性がある。なんて素敵なんだろう。それはこれまでやってきた事やそれで至る今の自分自身への自信に裏打ちされたシンプルさだ。

あなたに興味があります。だからゆっくりお話しましょう。よく知り合いましょう。

 

そんなわけで、人を動かすのはいつも美しい人なのだ。

こうして私だけでなくいつも誰かに影響を与えているのだろう。

 

そういうわけで触発されてしまった私はまんまと影響を受け、主体性を持つことの心労を味わっている最中である。

結果が良ければいい影響を受けた、となり、結果が悪ければ終わったことについては好きに思えばよいのである。