日記

日記です

オント

パルタイを読んでいる。
まだ10ページだけど既に蛍光イエローで線の引かれた箇所が出てくる。
そういえば古本屋で買った時、店員さんがそんなことを言っていたっけ。
まだ3月だったと思う。
根津の言問い通りに面した、ガラスの引き戸を開けて入る古本屋さんだった。

まだ出来たばかりらしく未完成な雰囲気があったけど、完成してもこの庶民的というか家庭的な雰囲気は抜けないだろうなという、洗練されていないからこそ鼻に付かない店。
図書室の先生みたいなご婦人が店主のようで、そのご婦人が「これ、こんな風に線が引いてあるんだけどいいかしら?」と聞いてくれたのだった。


一度人の手を通過した本の、線を引いてある部分を見つけてしまうと、恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになる。
昔、母が台所のテーブルに置いた読みかけの本を何気なく開いたとき、うっすらと鉛筆で線を引いてあったのを見つけたときは、なおさら見てはいけないものを見た気がした。

その人にとって大事だと思った部分を他人が見てしまうのは、その人にとって恥ずかしい思いをさせることだと思うから。


だからだろうか、私はアニメのラブシーンが苦手である。漫画本で読む時には感じない恥ずかしさがある。
直接的な表現の場合も、描いた人の性に対する欲求というか、その人の理想化された性を見てしまうのが悪い気がするが、それ以上に、間接的、比喩的なラブシーンを観るが耐え難い。
それは、"影が重なり合う"とか"手を重ねる"ことで以下省略する表現のことではなく、たいていは、宇宙のイメージとか発光するピンク色で景色を描いたりとか、海とか、性行為中の(おそらく脳内)イメージを大自然とか宇宙とか神秘的なものに託した表現を観るときがものすごく恥ずかしい。

時々あえて壮大なイメージを用いて、笑っていいシーンにしてある時はもちろん恥ずかしくないのだけれど。

人のごくごくプライベートな部分を覗き見してしまったようで、相手の羞恥心を暴いてしまったようで申し訳ない。
と、私が勝手に思っているだけで、もしかしたら描いた人のイメージではなく、観る人のイメージを想定して、それに寄せて描いた個人的な思想は一切混ざっていない表現なのかもしれないけれど。



まだ読みはじめたばかりであるが、このパルタイはオント(羞恥)を題材にした本らしい。

なんならアニメのラブシーンが恥ずかしいことと、その理由をつらつら書いていることも恥ずかしい。

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