日記

日記です

授賞式行ってきました

以前応募した漫画賞の授賞式に行ってきました。

受賞と言っても私は上から5番目くらいの賞なので、ちょっとだけ賞金が出るだけで、何かに載るわけでもプロとして活動するわけでもないんですが、生まれて初めての授賞式は楽しかったです。

これまでも、次の賞に出すためのネームの打ち合わせなどで2回ほど訪れていたK社だけど、ビルの営業時間内に利用したのは初めてで、改めて大企業のすごさを目の当たりにしました。

 

エントランスにはキレイな受付嬢がいて、機械的で丁寧に対応してくれたし、待合スペースにはK社の歴史がわかるちょっとした展示があったり、社内の書店が開いていたり、吹き抜けのエントランスの木々がけっこう奥行きのあるものだとわかったり。

子供の頃「ショムニ」を観ていて、ショムニ課なら仕事も楽そうだし楽しそうだしいいなあ、くらいに思ってたけど、考えてみれば、受付嬢がいるような大企業なのでショムニにだって入れないよね。

 

授賞式より1時間早く行って簡単な打ち合わせを済ませて(隣のテーブルにマスクを取った漫画家さんがいて編集さんに教えてもらうまで分からなかった)、授賞式の場所に移動するときに、森のような観葉植物スペースに、ちゃんと道や階段、踊り場のようなスペースがあり、そこで打ち合わせもできることを知りました。

 

授賞式の場所は編集部のある高層ビルとは別で、いつも通るときに、レトロで厳かな建物があるなあと思っていた別館(むしろ古さで言えば本館)が会場で、そこもまた、大学の旧校舎みたいな室内で、床がワックスで照り返した寄木張で小学校の体育館みたいな廊下があったり、ほぼ使われていない階段は石造りで古い銀行のような印象。

一応仕事をする事務所もあったけど、そこは学校みたいに上半分が格子の窓で中が見える形で、まさに歴史ある建物という感じ。

授賞式の会場も、新館のビルからだと、一度3階で本館に行き、エレベーターで4階に回ってまた下りる、みたいにしないと行けないような不便さがあり、そこがまた、校舎を思わせました。

(確か私が通っていた女子高も、4階の一部は特定の廊下側からしか行けない作りだった)

 

そして、まさに学校の体育館のような広いスペースとステージ、そしてそこにはカーテン、という会場に、広さに対してあまりに小規模な椅子が並べられ、簡素な授賞式が執り行われた。

そもそも、参加するのは編集部の担当編集さんや編集部のお偉いさん、漫画賞の名前がついている漫画家の先生と、少人数なのでそんな盛大なもんじゃない。

でも、個人的にはこの質素さが良かった。

だからこそ応募したんだよ、と思いました。

 

その後、カフェテリア(社員食堂)に移動して簡単な立食パーティーだったのですが、私がイメージしてたような、淡いグレーのテーブルとイスとサンドイッチが少々、みたいなものじゃなく、わりとしっかりしていてびっくりした。

一瞬、なんだ社食かと思ったけど、お洒落風にしたファミレスくらいには配慮されていた。

その奥には、ちゃんと白いテーブルクロスが敷かれて、お花も飾られたテーブルがあり、ビール、ワイン、ソフトドリンク、食事も種類が豊富でステーキ、唐揚げ、オードブル、ソーセージ盛り合わせ、サンドイッチ、そして焼きそば、焼きそば?

以前勤めていた金融機関の年度末総会よりも食事が恐ろしく充実していた。

 

あとで聞いたところ、昼はサラダバーが利用できて、それ以外の時間は夜8時まで3種類ほどの定食が食べられるのだとか。

 

正直立食パーティーって立ち振る舞いに困るんだけど、他の受賞者も「立食か~」という空気があったので安心した。

そして何より、顔出ししてない漫画家さんの素顔もみれたのはスゴイことではないか。

 

ところで、今回地味に感動した点がいくつかある。

まずは、授賞式の際に初めて応募者の顔が分かるんだけど、ものすごい以外な人が1名いて、その人が前に出たとき後の方で「女性なんだ…」と声が漏れていた。

その思わず出てしまった一言が、「女なんだ」でもなく「女の子なんだ」でもなく「女性なんだ」だったことに感動してしまった。

なにせ今勤めている“現場の人”と呼ばれる作業着の男性が多くを占める職場では、女性社員のことを何の疑問も持たず「女の子たち」と呼んでいるから。

悪いけど教養や時代感覚リテラシーの差を感じた。

 

それと担当編集者以外の編集さんも、私と話す時は「このシーンのここがいいですよね」とか「こういう書き方をするのが面白いですよね」とか、雑談の中でもごく自然に作風についての言及が出るところ。

最近気づいたけど、例えば友人同士で面白かった漫画や映画の話をするときに、編集さんのように「あのシーンのあのセリフの場面でこうなるのがよかったよね」という言い方をする人と、例え面白いと思っていても「うん、面白かった」以上の事を言わない人がいて、当たり前だけど編集者はこっち(前者)の言い回しを用いる人なんだ、と感動した。

というか、出版社ではこれが当たり前なのかもしれないけど、編集さんは話してても持論を持っていたり、最近のネット記事などにも敏感で、私がたまたまTwitterで目にした親がネトウヨになった記事とか、カルチャー顔炎上とか、当たり前に知っていたりする。

それが当たり前なんだろうけど、やっぱり「世間一般」とはちょっと違う場所にいるんだなと思う。(それがいいとか悪いとかでもなく)

 

それと賞の名前の漫画家さんが人数分焼きそばを取り分けていて、なんていい人なんだと思った。

 

せっかくなので私は漫画等でお金を稼ぎたいので、会社員と両立しながらまるでルーチンのようにネームを作っていこうと思いました。

久々の絶望

面白いイベントに行ってきた。

本でもメールでもラインでも、人の言葉尻や文脈から隠された意図を読み取るイベントは面白い。

たいていこうしたイベントはいわゆるサブカル有名人が行うが、今回は主に兼業作家が出演していた。

会社員をしながら本を書いたり連載を持ったりする人たちだ。

 

そうした人たちの物事の読み解き方は自分と通ずるところもあるし、視点や解釈は自分では気づかなかった本質を掘り起こすことが多く非常に面白い。

それと同時に、一発で絶望の淵に叩きつけられるのも事実。

今回の場合は特にのっけからそうだった。

 

なぜなら、出演している兼業作家、つまり普段は会社勤めをする男性の容姿が整っていたから。

 

さっぱりして真面目そうだが堅苦しさはなく、センスの良さを感じさせるラフな格好。

話す内容は自身の仕事の特性をあえて生かした解釈をもって、意外な視点を与えることに成功しており、かつ砕けた言い回しよりもやや硬い言い回しを用いる点には、こうした表立った場に立つときに多少考慮してしまう見栄などを排除した落ち着きを感じさせた。

 

ところで、最近私が気づいた理想のタイプはりゅうちぇるである。

もちろん、カラフルなファッションや意外と美形な顔立ちを指して理想と言ってはいない。もちろん、あのファッションを自分のものとしている点は魅力の一つであるが、主に素敵だと思うところは、自分にも他人にも「こうあるべき」という要求はしないところ、育児にも積極的で「ぺこりんにはイクメンのような(子育てする女性をあえて称賛するような)言葉がないからちょっとかわいそうと思う」などと言えるところ。

つまり、育児は女性がして当たり前という価値観を持っていないことになる。

言い換えれば、世の中にある前提を鵜呑みにせず自分の基準を作り上げ、「らしさ」という規範を飛び越えた人物が理想ということだが、最近目にする便利な言葉としてはホモソーシャルから脱している人が理想なのだと思った。

 

そして、今回のイベントでも、そうしたホモソーシャルから脱した、とまではいかずとも、ホモソーシャル的なコミュニケーションを当たり前としない男性を、肉眼で確認してしまったのである。

 

単純に、本や話す内容が面白いだけでなく、その人の生活スタンスとしてホモソに敏感であろうとしている。

それがしかも、りゅうちぇるみたいに芸能人という、特別で希少ないわば“ありえない”存在ではなく、会社員に存在することを知ってしまったのだ。

 

さらにその相手が、例えば自らの容姿のコンプレックスを抱えいかにも葛藤の痕が見て取れるタイプではなく、例えホモソ云々、話す内容云々を抜きにしても十分に女性からの好意を向けられるようなタイプであったことに絶望したのだ。

容姿に恵まれた男性が、間違っても私の事は選ばない。

 

さらに言えば、そのイベントは男性の男性基準の振る舞いの欠点を指摘するような内容で、それが面白くないのか観客の男性が時折「いや、なんでだよ」「普通そうだろw」などとヤジを飛ばす場面も見られたのだが、そのホモソ感覚どっぷりの男性たちの容姿は、メタボ体系で皮脂の多さを思わせる顔と、しめっぽい髪という組み合わせだった。

 

つまりこの場においては、脱ホモソ的な理想の男性は容姿まで整っており、避けたいと思う思考の持ち主である観客の男性は容姿も整っていなかった。

しかしながら、容姿のいい人の方が性格もいいという研究もあるように、世の中の避けたい価値観で生きる男性の方が容姿も好ましくなく、対して好ましい価値観で生きる男性の方が容姿も整っているのではないか、という不安がよぎったのだ。

なぜ不安が、というと言うまでもなく容姿の整った男性は女性から好かれることが多く、そうした男性の興味関心を自分に向かせることが困難であるから。

ついでに言えば、日常生活に出会いがないうえ、既成概念に疑問を持つような男性とはさらに出会いにくく、今回を例にとればそうした男性は容姿もいい可能性が高いとなると、もう在庫なしであろう。

 

ということを、ただただ見せつけられたイベントだった。

 

帰って本の作者欄を見てみると、某有名大学を卒業してることが分かった。

ああ、またこの大学だ。

音楽をやっている知人はこの大学卒の男性と最近結婚したし、音楽をやっている別の知人は、元カレも今カレもこの大学卒である。

私の身近にいる女性たちは、この大学の男性と付き合いすぎている、と言いたくなるくらい、私には何も起こらないが周囲の人にはこの大学の男性と知り合い好意を傾けられるという現象が起こるらしい。

ネグ

面白い記事を見つけた。

mess-y.com

 

ここで言われている「ネグ」とは、映画キングスマンの中で、エージェントになるための試験として女性を落とす使命を課せられたとき、候補生の一人がターゲットの女性に話しかける時に使われるテクのことだろう。

映画では「ネギング」と言われていた。

使い方としては「君、目がキレイだね、カラコン?」「違うわよ!」という感じ。

あえて否定から入って女性からの反応を引き出すもので、会話のきっかけになる。

ちなみに、モテテクとしての効果は、上下関係を付けることで男性にとっていいらしい。

そういえば、最近知り合った編集さんも木島佳苗を例にとって(木島佳苗はあえて男性を小ばかにした態度をとるらしい)、対等な関係では恋愛が生まれにくい、という話をしていた。

映画の話に戻ると、近くにいた女性の候補生から「ネギングよ!ナンパのテク」と暴露される。

有名なテクらしい。

 

しかしこのネグ、記事にもあるように普段の会話の中で、つまり女を落とすとか関係なしに使われることが確かに多い。

「(女子っぽい物の話題で)お前はそういうの興味ないだろ!笑」とか「○○(お笑い芸人など)に似てるな!」とか、からかいですね。

 

ある程度友情が成立しているような関係であれば、そうした弄りをやった後でも普通に相談し合ったり、真面目な話もしたり助け合ったりということもあるのかもしれないが、信頼関係などない場でもこうした場面は普通の光景として受け入れられてきたはず。

しかし残念なのが、こうした面倒な弄りに対して、社交辞令的に「やだー!笑」と返しているだけにもかかわらず、多くの男性には「盛り上がった!」と成功体験としてとらえられている点だろうか。

多分、話が進まなくてめんどい・・・という人も多い気がする。

 

で、このネグですが、中年の女性の管理職とか権力を持つ人もやりがちで、この手の女性は男性同様に「え?○○さんがパンケーキ食べるの?!」という過剰反応や、面白いこと言って、というつまらない無茶ぶりで人を疲弊させていると思われる。

あと、部長のような役職についていなくても既婚女性とか恋愛経験が相手より豊富だと自認している人も、「低い」認定した相手に「もー!付き合っちゃえばいいのに!」とあり得ない相手とかを指して言ったり…

個人的には、男性流のコミュニケーション(a.k.a dis-communication)をそのまま一般的に認められた正しいコミュニケーションのつもりで施行してしまっている無自覚と、無意識に自分が優位だと認識している相手を蔑む、コントロールする権利があると勘違いしている、あるいはあえて優位に立とうとするマウント精神が合わさっていると思った。

いや、でもモテようという意図がないなら、ただのうざ絡みか。

 

この、男性側にの、弄る→リアクションがある→盛り上がった!という勘違いにすごく身に覚えがあって、古くは、そして今も、その間違ったコミュニケーションをとり続けているのが父親だと気づいた。

例えば子供の頃なら、テレビで弾けたダンスキッズなどが出ていると、祖母に向かって「〇〇(私の名前)だっていつも学校ではこうなんだぞ」とか大嘘をあえて付いていた。

もちろんこれは、私から「ちーがーうー」とか「やってないー」とかを引き出しコミュニケーションを発生させる目的があるだろうが、それが分かっているからこそ私は無視した。

ついでに言えば、ハジけたダンスキッズを引き合いに出した時点で、陰気で暗い娘だからこんなことはしていないだろう、という決めつけが含まれていて、結局は私を侮辱している。

 

 ところで、このネグはナンパ目的の男性、それ以外の男性、権力を持つ女性のほか、普通の女性も使っている気がする。

 

それはやはり、男性的なコミュニケーション方式が、ノーマルな正しいコミュニケーションとして刷り込まれている。(さんまさんとかネグを挟んで盛り上げているし、実際テレビで観る分には楽しい)

さらには、自分が優位になったと勘違いできるきもちのいい方法(相手の話の腰を折って相手の反応で周囲がウケる上に、興味のない話を我慢して聞かなくてよい)であり、確かにはた目には盛り上がっているようにも見え、楽しいことをしている感覚にもなりやすい。

私も友人の話にツッコミのつもり、会話の潤滑油のつもりで使ったことがある気がする。

 

しかしその結果、それをやらない相手のほうが心地いいことに気付いた。

自分もやらないし相手もやらない、やはりネグは否定だから、この人は何を言っても否定しないという安心感が生まれ、会話のハードルが下がって話しやすい、だからなるべく会いたいし会えれば嬉しいという。

 

つまりそういう人は人モテしているのではないだろうか。

男性にも女性にも好かれる人は、ネグをやっていない気がした。

子宮ポリープの手術してきました 後編

6月末、生まれて初めての入院、生まれて初めての手術をしに病院へ。

ちなみに、前々回病院に来たときの入院申し込み手続きの時に、持ってくる物などの冊子をもらったので、そこに記載してあったものを持参。

夜用ナプキン10枚、パジャマ、靴(スリッパではなく災害時走れるような靴)、曲がるストロー、プラスチックコップ、名前を書いたビニール袋(スーパーの袋でOK)その他、着替えのや歯ブラシなど。

もちろん入院の際は、すっぴん、ネイルなどもせずに行くことも明記されている。

1泊2日なので中くらいの手提げ袋にすべて納まった。

 

手術前日に病室の場所等の連絡が入るのだが、その際言われた通りに10時半に入院受け付けへ。

そして9階にある病室へと向かう。

縦に長いフロアは、中央に待合室のようなスペースがあり左右に病室がある。

エレベーター正面の待合室はテーブルと椅子が置かれお見舞いに来た人や入院中の人の談話スペースのようになっていた。

ここでは携帯電話も使えるので電話中の人もいる。

そこで待つよう指示され、しばらく待つと看護師さんが病室へ案内してくれた。

病室の入り口には自動ドアがあり、カードをかざして中に入る仕組みで、セキュリティがしっかりしている。

もちろん入院する人はそのカードが与えられたが、私は1泊なので全く使わなかった。

テレビと冷蔵庫は有料で使え、さきほどの待合室でプリペイドカードを購入して使う仕組みである。

鍵のついた貴重品ボックスもあり、付添いのない私の場合、手術中は看護師さんが鍵をあずかってくれた。

 

部屋で一通り説明を受け、さっそく手術用のガウンに着替え、手術において大学の研究に役立ててよいかの同意書や親族の病歴の紙などを記載していると、すぐに手術のための措置に入った。

 

ポリープの手術はまず子宮口を広げる措置が必要で、そのために(この病院の場合は)だいたい昼頃にその措置をして夕方手術という順番らしい。

そして前日、事前に先生から連絡があり、緊急手術が入ったので私の手術の時間が若干ずれ込むかもしれないとのことだったので、予定より早く準備が進められているようだった。

 

で、この子宮口を広げるのが、めちゃくちゃ痛かった。

子宮内をカメラでみる子宮鏡下検査も痛かったが、それと同じくらいか若干上回る痛さ。

子宮口を広げるには、海藻をもとに作られたという恐らくタンポンのようなものを子宮口に入れ、水分で膨らまして広げるらしいのだが入れるまでがかなり痛い。

めちゃくちゃ痛かったけど、これを乗り越えれば麻酔した手術なんて怖くない、怖くないさ、と思って耐え抜く。

痛いまま診察室からベッドに戻ると、点滴がはじまった。

例の海藻を入れてからも生理痛のような痛さが30分ほど続いた。

 

そして夕方と聞いていた手術は午後3時半頃にスタート。

「バタバタしてすみません」と何度も若い医師に言われた。

手術室までは普通に歩いて移動。

エレベーターに乗り5階につくと、よくドラマなどでみる「手術中」のランプが設置された部屋に着く。

 

そういうルールなのだろうけど、看護師さんに「これからあなたは何の手術を受けますか?」と質問され、「子宮ポリープの手術です」と答えた。

 

思ったより簡易的な、まるで待合室のソファのようなベッドに横になり、さっそく麻酔の注射を受ける。

ネットで子宮ポリープ手術を調べると、日帰りで全身麻酔の手術の話しか見つからなったのだが、ここでは部分麻酔(というか下半身麻酔?)。

脊髄に麻酔を流すもので、一応脊髄の麻酔を打った後は、脳の液?に影響が出る可能性があるため、4時間は起き上がってはいけないと説明を受ける。

起き上がるとめまいがしたりする危険性があるそう。

(これは手術直前じゃなく、入院してすぐ事前にきちんと説明してくれます)

 

で、脊髄の注射・・・めちゃくちゃ怖いですよね。

子供の頃、「金色のクジラ」とか「まあくん」(まあちゃんだったかな?)とか、病気になった子供を題材にした児童文学を読んでいたので、脊髄と言えばたしか骨の注射でめちゃくちゃ痛いと読んだ記憶があった。

しかし思ったより痛くなかった。

というのもその麻酔は、まずは局部麻酔で周囲の皮膚を麻痺させてから脊髄の麻酔をする。麻酔のための麻酔を挟むので、ちょっとした違和感くらいしかなかった。

しかし、人ひとり分の幅のベッドで背中を横に向けるのが一苦労だった。

だいたい、手術台では看護師さんがパジャマのズボンと下着を脱がせ、ガウンの下は全裸になった状態で横向きになり、背中を丸めて突き出さなければならない。

意外と背中を突き出す、が難しく「あ、ちがうちがう、おしりじゃなくて背中を出してください」と何度も直されるのだが、その時背中とおしり丸出しのびんぼっちゃま状態なので何とも情けなかった。麻酔を打つのは男性医師であるし。(多分年下の)

 

そして麻酔が完了し、颯爽と執刀医(いままで検査を担当してた先生)の登場。

しばし私の麻酔が効くのを待つ。

それにしても、意識があるまま手術をするの、めちゃくちゃ怖い。

だいたい、麻酔が効いてるかチェックされるのだけど、いまいち効いてる感じが無い。

「ここも同じようにスース―しますか?」と太もものあたりにアルコールを塗って聞かれるが、麻酔をしていない腕と同じようにスース―する。

ちなみに、手術中は左手に点滴、右腕に血圧測定のような物を巻かれ、両足に(麻酔で足が動かなくなるためか)なにかふくらはぎを揉むようなものを巻かれる。

 

ピッピッという機械音と、プシューという足を揉む装置の音、金属音の合間に、時おりラピュタのロボット兵のような音がしていた。

 

脚の感覚が鈍くなったあたりで手術がはじまった。

しゅんしゅんクリニックPも言ってるけど、手術する時に「あのポーズ」本当にやってなかった。(両手を内側に向けるポーズ)

でも一応執刀医が「これから子宮鏡下手術をはじめます」とか言ってたな。

カメラで子宮内を見ながらポリープを切る手術、さっそくなにかガッチリと機械が設置されスタートするが既にちょっと痛い。

しかも手術中に誰かの携帯が鳴って「はい、代理で出ております、ただいまオペ中です」と聞こえる。多分、手術中に携帯鳴るのそんなに珍しくないみたい。

 

まさか麻酔効いてないのでは・・・と絶望にかられながらも、メスが刺さるような痛みは感じなかった。

しかし、めちゃくちゃ痛かった。

麻酔した上でめちゃくちゃ痛いってアリなの?

さきほどの子宮口を広げる措置の時のような鈍痛、というかかなり激しい鈍痛が永久に続く。

さすがに10分か15分ほどして「あの、おなかが、痛いのですが、これは、普通なんでしょうか」と頑張って理性を保ちながら看護師さんに質問するも、執刀医に「ああ、生理痛のような痛みですよね」「モノは取れてるんで」と流される。

「はい・・・」と答えるけど、めっちゃ痛い時の生理痛の3倍痛い。

血圧を量っている右手が何か知らないけどめちゃくちゃしびれて手の形を保っていられなくなった。

もう絶望しながら痛みに耐え、ふと「1984年」のウィンストンが受けた拷問(体がねじられたり引き伸ばされたり、激痛らしい)って、こんな感じだったのか・・・と考えた。

おそらく30分程度で手術は終わり、とれたポリープを見せてくれた。

ホルモンみたいな肉片があった。

 

そしてベッドに乗せられたまま移動。

抗生剤の点滴を受けつつ4時間安静にします。意外と下腹部痛は続かず、その後の痛みもあまりなかった。

 

そして夜7時頃、看護師さん付添いで歩く練習をする。

下半身は感覚がないままあれこれ措置をされていたのですが、よく病室で見る尿のパックがぶら下がっていたので何らかの管がついていた様子。

それを看護師さんが外してくれ、点滴も外して歩く練習。

もちろん普通に歩けるものの、病室に戻って気づいたのだが、ベッドとガウンが血まみれだった。

それは出血がひどいわけではなく、単に看護師さんが付けてくれたナプキンが大幅にずれていたから。

確かに、ぜんぜんパンツ履いてる感覚ないな、なんか巻いてくれてたのに。と思ってたんだよな~。

でも、度々看護師さんが訪れては出血確認しますね、と言って下半身チェックしてくれてたのに。

見ると、夜用ナプキンを2枚つなげて贅沢にしつらえてあったのに、それにはほぼ血が付いておらずガウンとベッド(の吸収マット)にべったりついていた。

(けど割と病院内はガウンに若干の血のシミが付いた人はよく見かける)

それと晩御飯も出た。

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差額ベッド代のかからない1番安い大部屋(女性のみ)だったのだが、ベッドは4つだけでかなり広く使えた。

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しかも9階なので見晴らしも良く、遠くにスカイツリーまで見えた。

昔、祖母のお見舞いなどで行った総合病院の病室、ベッドが6つくらいあって、もうちょっと他人との距離が近かった記憶があるが、予想よりずいぶん快適だった。

 

翌朝、朝食を食べて退院。

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それにしても、病院、快適~。

何らかの病気で長期で滞在したら苦痛でしょうがないだろうけど、ポリープ取るだけ、1泊だけだと、こんなに病院って至れり尽くせりなのか~という楽観的な感想しかない。

飯は出るは、なんか医師とか看護師さんが見回りに来ては気にかけてくれるわ、私はただ寝たり本読んだりしてるだけ。

朝10時には退院して、およそ24時間の入院ライフが終わった。

記念に院内のスタバでコーヒーを飲み、体調も良かったので上野にクリムト展を観に行った。

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にしても、病院内にスタバ。

この病院で働く人たちは、昔から院内にスタバがあるくらいのことは普通だったのだろうな、などと考えた。

快適な環境でその優秀な頭脳を活かし、最大限に成果を上げることが仕事で、それを求められることは大変だがやりがいもある…的な。

(しかし後から大学病院の医師についてググったら、めっちゃ大変、ってことだけがわかった)

 

そして子宮ポリープの術後ですが、出血はだいたい5日くらいで止まり、その間も特にたくさん血が出るようなこともなかった。

抗生剤は3日分与えられ、今回は眠気もだるさも何もない抗生剤だった。

出血は生理2日目くらいの量が出るようなら病院に連絡するように言われていたが、何ともなくてよかった。

唯一ちょっとだけ困ったことといえば、尿の管を付けていたせいか、排尿時に若干痛みがあったこと。

それも退院2日目には改善された。

 

あとは今月半ばに術後の検査があるだけ。

 

そして入院・手術の費用ですが、51,000円ほどでした。

限度額適用認定証を請求していたけれど、ギリ使えない額。

今回の入院で初めて知ったのですが、世の中には限度額適用認定というシステムがあるらしい。

これ、入院手続きの時に病院からも説明があるのですが、高額な入院、治療費がかかる場合、所得によって上限が決まっているため、この認定証をだせば、退院時にその上限額までの支払いで済むらしい。

私はギリギリになって認定証を申し込んだ(自分の加入する健康保険組合に郵送で請求)ので入院時に手元になかったのですが、その場合でも後からお金が戻ってくるらしい。

 

あとは、病院の先生に診断書をもらい、生命保険会社に入院保険金の請求をするだけです。

夏のボーナスを手術費に充てるつもりでしたが、ボーナスの額はスズメの涙ほどなので、保険金早く請求したい。

以上、子宮ポリープ手術でした。

子宮ポリープの手術してきました 前編

先週1泊2日で子宮ポリープ鏡下手術というものをしてきました。

生まれて初めての手術、入院、そして大学病院、記録しておこうと思います。

子宮ポリープは多くは良性であるため急いで手術をするようなものではないみたいですが、よく妊活をしている方は積極的に行うようです。

ちなみに私は妊活していないのですが、ポリープが影響してか時々少量の不正出血などがあり、気になるため手術をすることにしました。

ポリープに気づいたのは、産婦人科での定期がん健診がきっかけです。

 

そこで、近所の産婦人科に紹介されて大学病院に行ってきました。

2つ病院が提示されたのですが、大学病院にした理由は土曜も診察を行っているからです。

先生のお話では、検査や入院、術後の検査などで4回は行くことになるだろうとのことで、有休を使いたくないため大学病院を選びました。

 

大学病院1回目

紹介状を持って大学病院の予約をします。

まずは電話で予約しますが、これがなかなかつながらない。

そして無事GW中に予約を取っていざ大学病院へ行きました。

よく、健康診断の再検査で大学病院に行ったという上司などは、5時間かかった、と豪語していましたが、本当に帰るのは5時間後になりました。

まずは総合受付で用紙を記入し呼ばれるまで待つのですが、これが1時間ほどかかりました。

迷路のような、そして案外ボロい大学病院の受付でただただじっと待ちました。

某有名お金持ちイメージのある大学の病院ですが、案外古臭いんだな、と思いつつ、やっと婦人科を案内されたのでうろうろしながら向かうと、いきなり空港のようなクリーンな空間に出ます。

旅館のように本館と新館があるかのよう。

さまざまな科がE3とかD2とかで分類されているため、本当に空港のようで、しかも病院の中にスタバがありました。

そして婦人科へ行き受付を済ませ、番号が呼ばれるまで待ちます。

が、ここから2時間は待った。

そして診察を終えて、先生には「そこまで大きいポリープでもないので、急いで手術しなくてもいいと思いますよ」と言われ、「はて?手術前提の検査じゃないのか」と思いつつ、手術するつもりで来たことを伝えると、そのまま入院のための事前検査に移りました。

というか、正直私も婦人科の先生に手術推されてないなら帰ろっかな・・・なんて思ったのですが、そしたらこの3時間が無駄になる!と思い頑張りました。

その後また1階まで下りて血液検査、尿検査、心電図(各10分~30分待つ)なんかもやったかな?それと入院受付というところで簡単な手続きも。(ここでも1時間待つ)

まるで旅行代理店のように、「お部屋の種類はどうします?」とわりと明るく聞かれ、差額ベッド代のかからない大部屋、女性だけのフロアの大部屋、個室と3種類説明され、エコノミークラス、じゃなくて、差額ベッド代のない大部屋にしました。

そこまで完了してやっとお会計ですが、お会計も30分待ち。

ところで総合病院は今どこもそうなんでしょうか、自動精算機でした。

計8000円ほどかかり、手持ちがギリ足りなくて焦ったのですがクレジットカードが使えたのでセーフ。

そして本当に5時間後、午後3時に退場しました。

正直、手術怖いし、すごい病院面倒だし、ポリープくらいほっとこうかな、と思ったのですが、ね、またこの5時間をやると思うとそれも嫌なので後戻りはしません。

 

大学病院2回目 精密検査

入院、手術にあたり、子宮の中をちゃんとカメラでみる子宮鏡下検査というものをしました。

子宮内に水を入れながら小型カメラで中を見る検査だそうですが、これが痛かった。

もう入り口から腹まで全部痛い。

実は不正出血のあった直後に子宮体検査をしたのですが、これも痛いと有名な検査らしく、それの3倍は痛かったし長かった。

お会計は5000円くらいだった記憶。

そして検査の後は感染症予防のために抗生剤を渡され「2日間ちゃんと飲み切ってくださいね」と念押しされたので、その日の夜から飲みました。

が、飲んだ直後から強い眠気が襲いそのままベッドへ、翌朝はのどが腫れて熱もあり風邪をひきました。

でもこれ、抗生剤の副作用なんじゃないの?と思うくらい、抗生剤をまた飲むとグラグラと頭が痛くなり、久々に熱、頭痛、間接痛と重い風邪をひいてしまいました。

先生が念押しした「必ず飲み切って下さい」は、まるでこの状況を予言していたかのように感じるくらい、何度も抗生剤やめて風邪薬を飲もうか、などよぎった。

 

大学病院3回目 相談

本当は後は手術するだけだったのですが、まさかの生理が手術日に重なりそうな予感、そこで病院に生理が遅れている旨を連絡すると、さんざん電話を待たされた挙句、他の先生から折返しがあり、とりあえず「明日病院に来れますか?」とのこと。

あまりに明朗快活に宣言され「はい」と言ってしまった・・・

そして病院に行き、先生に手術日ずらしたほういいっすよね?という話をして終わり。6月半ばから月末に変更。

婦人科の受付に行くと、ではお会計へ、と促されました。

お会計?え?日にち変更の話しただけで、いったいいくら取られるんだ大学病院ってやつは・・・と冷や汗かきつつ清算機へ。

結果「200円」かかりました。200円?

先生とお話すると200円かかるのか?なんだ?テーブルチャージか?お通し代か?

などもんもんと歩いていると、駅前で先生に遭遇。

どうでもいいが、先生はリュックを前に抱えて歩いていた。

病院から駅までリュックを抱えてということは、電車に乗るのか、だからもうリュックを前に抱えた状態で病院からここまで来たのか、そうか、合理的な性格なのだな、などどうでもいいことを想像。

ともかくあとは手術を待つのみです。

つづく

贈与

ネットの記事でついつい成功する人、お金が貯まる人の特徴だとかを読んでしまう。
たいてい流し読みだが、さっき読んだ記事のなかで面白いものがあった。
以下コピペ
彼は世の中の人々を、受け取るだけの「テイカー」、もらえばお返しするバランス派の「マッチャー」、そして惜しみなく与える「ギバー」の3種類に分類し、どの人々が最も成功しているかを調べました。

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結果としては、ギバーか成功する人に多く、そして成功しない人にも多かったというものでした。つまり与える相手を見極め、搾取する人は切ってきたような人が成功する人なのだそう。

これを読んで、ふと去年友人の話していたことを思い出した。
損得勘定なしに与える人と、カネで繋がるクズの話。
ある社会学の先生いわく、贈与の人は贈与の人と付き合うのかよく、クズとは関わらないか、クズと関わるときは自分もクズになれ。とのこと。

この贈与の人がまさにギバーである。

ふと、幼馴染みだった元友人はテイカーであったと思った。

高校時代、弓道部にいたのだが、私は毎月の部費を親に申請するのが言いづらかったため、自分のお小遣いから出すか、或いは払わない月もあった。
ちなみに、家計が苦しくてそれでもどうしても弓道をやりたかった、とかではない。
単に親にお金の話→親から勉強の話→説教、という流れになるのが嫌だったので親に何かを頼む、ということを避けていたのだ。

それに部活もたいして好きではなかった。

で、そんなわけで部活の人間関係の愚痴などを話ながら、幼馴染みに部費払った?と聞かれたので払ってないと答えたところ、「私はちゃんと払ってるんだから、ちゃんと払ってよ!!」と言われたのだった。
ちなみに彼女は学級委員長タイプでもなくよく部活もサボっていた。
しかし彼女にとっては、自分がお金を払う、つまり自分が金銭的にマイナスを被っているのだから、友人だけがその被害を免れるとは、友人だけ得をしているではないか!ということである。

私にしてみれば彼女は親からお金もらってきてるだけで、彼女自身の財布が寂しくなるわけでもないのに、と思った。
さらに正しく私を批判するなら、みんなのお金で恩恵を受けている、申し訳なくないのか!などだろう。
ちなみに、今にして思えば、弓道部のさまざまなメンテナンスなどにお金が使われたのかもしれないが、当時は大会のお金も移動費も全て別途支払いをしていたので、なんのための部費かわからなかった。

私が損してるんだから、お前も損しろ、の友人だった。

他にも、今日はみんなでカラオケに行くため部活をサボるから、1年の人数が少なくなるため、私には「ちゃんと部活行ってね?」と言ったこともあった。
ちなみに、その日は私もサボった。
翌日私がサボったことを知ると、「行かなかったの?!」と、まるで子供の不正を咎めるような母親の口調で、驚きと失望と怒りの目を向けていた。

また、部活のゴタゴタがあり、一人の友人が辞めると言っため、私も辞めようかなと漏らしたところ「最初弓道部に誘ったのはあなたなのだから、私を置いて辞めるのは無責任」ということも言われた。
彼女か弓道部で辛い思いをして友人もいないのなら分かるが、彼女は仲のいい友人もいたし、大会にも選ばれていたので、私が辞めたところでなんら不利益はないはずだ。
しかし、私がさしてうまくいってもいない部活から解放されるのは、自由をつかみとったかのようで嫌な気持ちだったのだろう。
自分の目の届く範囲で、うまくいかず損している絵を見せ続けてほしかったのだろう。

これだけだと、幼馴染みがテイカーとは思いにくいかもしれないが、自己の利益を守るだけでなく、他人のいい思いも阻止したい、自分より得をするなら糾弾したい、そんな性格だった。

私なら夢にも思わない言葉たが、例えば私が何か得したなら「分け前をよこせ!」と平気で詰め寄るタイプだ。
いつだったか通学路でお金を拾ったことがあったのだが、みつけたのは私だったものの、あとから来た幼馴染みは、半分こでいいよね?と言ってきたのだ。
もともとラッキーで舞い込んだお金だったので分けるつもりでいたが、当時は相手からいきなりそう言われた時の何とも言えないモヤモヤを消化しきれなかった。

先ほどから部費を払わないとかお金を拾ったとか、モラルが低いエピソードばかりなので、偉そうに「与える」などと言えないが。

にしても、「いい思いしたんだから分け与えろ」とは、冗談で「奢って」くらいは言っても本気では一度も言ったことがない。

こういう時相手はさまざまな理屈をつけてくるものだが、それを言えば私だって、高校時代は冬になるとほぼ毎日その幼馴染みも乗せて父親が車で学校に連れていったので、ガソリン代を請求してもいいことにはなる。
それ以外にも、例えば無形のアイデアのようなものや、私の発言や視点を生かして利益を得た人はその分を私に分配するというのだろうか?

しかし、これってマッチャーの考えだ、もらったらお返ししなくちゃ、というポリシーに生きる人の意見。なのでテイカーには通用しないだろう。
イカーにしてみれば、証拠がないのでさようなら。だ。

そうなるとやはり、テイカーとの関係は切るか、自身も対等にテイカーになる(成り下がる)かだ。

人の役に立ったり、無償の思いやりで行動するのはけっこういい気持ちだと思う。
相手が喜んでくれたり、または頼ってくれたりというのは嬉しい、そう思えるのはたまたま私がギバーと関わりを持ってきたからだろうか。

例の幼馴染みはテイカーだったのだろうか。
おそらく私自身がテイカーでないためか、世の中そんなさもしい人がいるのかと信じられない。
考えられるとすれば、せいぜい、幼馴染みは私のことを見下していて、だから自分より得をするのが許せなかった、という発想。
彼女も、尊敬する友人、憧れる友人にはギバーになったのではないか?と思うのだ。

しかし、その友人とは10年以上前に関係が切れている。

メモ

メモ

「現代の模範的な未婚男女は、「出会い」というノイズを学校や会社やコンビニに持ち込まない程度には、契約社会のロジックをよく内面化している。」 「社会制度や慣習が人間の生殖本能を制圧した記念碑的状況といえるのではないだろうか。」

 

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