日記

日記です

何年も前にデートした元学友②

 そのゼミが一緒だった彼とは、その後何度か食事をすることになる。

というのも、家が近いのでたまにご飯に行く異性の友達という感覚だった。

とはいえ、彼の方はそうではなく、付き合えると思うから出かけていたのだが、そしておかげで彼のフラストレーションが増加することとなる。

サルトル存在と無に例として出ているのだが、男が女と会話をしていて、男が女の手を握る、すると女はそれに「気づかない」ということが、ある種パターンとして存在するらしい。

つまり女側はその関係を結論づけたくないという心理だった気がする。

難しかったのであまり覚えていないのだが、女の方は曖昧なままにしておきたいというもの。そしてそれは自己欺瞞であると書かれていた。
 

自分の行動は、思い返せばまさにこれに当てはまると思う。

私は2回目のデートの帰りに彼から花束をもらっていたのだ。

通常、花束をもらった女性は、それを愛の告白と受け止めキスでもするのだろうか?

私の場合はそうではなく、感謝の気持ちを伝えたのみである。

理由としては、彼は花卉関係の仕事についており、たしか学生時代のアルバイトも花関係だったので、なにかと飲み会や、集まりで花束を持ってくることがあったのだ。

ついでに言えば「これは女子だけね」っていうレディーファースト仕草(言い換えればプレイボーイ仕草)のセリフを添えて。

 

よって私がデートの帰りにもらった花束も、いつもの手土産感覚でありがたくもらうことにし、そこに恋愛的な意味づけはされていないものとして片づけた。

だって、はっきりと付き合いたいとか好きだとか言われていないのに

「こんな素敵な花束をくれたってことはつまり…これは告白、私のことが好きなのね、いいわ、私もときめいちゃった、私たち付き合いましょう」

って言うの?

おそらくは、付き合いたいなら好きっぽい態度を示して、理想のタイプと称し相手の顔の特徴をあげるとかするんだろうけど、特段恋愛感情はなかった。

もしも告白されたら、その時考えようというくらいにはいい加減であった。

 

そのため、相手をイラつかせることとなり、ちょっとしたもめごとが起こる。

ちょうど、もともと仲の悪かった女友達同士が、貸した教科書を汚しただの些細な事を理由に喧嘩をする感じ。

 

また例によって私は彼と出かけることとなる。

今度は深夜に映画を見るため、彼がレンタカーを借りて練馬あたりの映画館に行ったのだ。レンタカーだけどクーパーだった。

この頃は何度か食事に行っており、なんとなく出かけることも習慣化しつつあった。
クーパーの「わ」ナンバーを眺めながら、とにかくレンタカー代は半分払うと申し出た。

 

観た映画はグレート・ギャツビー藁の楯だった気がする。

私はせっかく車を出してもらっているので、少しでも楽しい気分にしようと、映画が面白かったと盛り上げるなどした。

というのも、明らかに彼のテンションは低く、何なら機嫌が悪い。

映画に向かったのは週末の深夜で、映画を見終わって早朝、特に練馬くんだりの飲食店が開いているわけでもなく、それに機嫌が悪い人との対立を避けたいため一刻も早く解散したい、よって単に映画を見て帰ることとなる。

正直、車の運転中、キレて対向車に突っ込むんじゃなかろうかとひやひやしていた。

もちろん、機嫌が悪いのは私から一向に好意のあるそぶりが引き出せないからだろう。彼の算段では、以前の展示デートの帰りに花束を渡し、次のデートで「フフ…実は私も、前からいいと思ってたの♡」など言われる予定だったのかもしれない。

 

しかし現実では、一向に女は「手を握られていることに気づかない(フリ)」のだからしびれを切らすだろう。

そうして私の家に到着し、軽く車の中で雑談とお礼を述べ帰ったのだが、直後にLINEで攻撃されることとなる。

 

内容はデート云々に関してではなく、その日たまたま彼に話したグループ展についてだった。

その頃、ちょうど私は友人たちとグループ展の準備をすすめており、初めてのグループ展で不安が大きく、私も初めての試みとさまざまな手続きを済ませ、思いきった決断をしたものだと新しい挑戦にドキドキしていた時期だった。

やってみたかった展示の案内カードを作ったり、名刺をこしらえてみたり、はっきり言って「イベントをやる」ということに浮かれていた。

そんなグループ展について、今度やるために準備をしていると話し、ゼミの先生にも案内だけ送ろうかな、などと話していたのだ。

 

すると、彼からは

先生に案内を送るべきではない

先生だって忙しいのだから巻き込むべきではない

範疇を越えている

迷惑がかかる

 

などのLINEが送られてきた。

当初、グループ展というものや、展示の案内というものをわかってないのかな?と思い、案内に強制力はなく、単に私の近況報告で送るつもりであって参加を促すものではない、とうことを送った。

しかし、再度繰り返しのような内容が送られ、そんなものを送るのは非常識、など、社会通念のようなものを盾に反論してきたのだった。

彼は私が先生に案内を送っても、寧ろ問題がない理由を知らないのだ。
かつて先生が私の親に会ったとき、就職先間違えたんじゃないですか?と冗談ぽく言っており、先生は唯一、卒業後も私に会うたび「漫画はどうした漫画は」と声をかけてくれていたのだ。

 

面倒だったが、そんなエピソードをLINEし、私が展示を開く案内を送ることの正統性のようなものを説明するハメになった。

しかし、彼は全く引かず、

「先生だって気をうかう、そんな案内がきたら花くらい送るだろうし花だってタダじゃない余計な手間が…」


と、ここで確実にこの難癖の真髄がわかるのだ。

要は言いたいことはこの1文であろう。
それが、先生に対する(彼に言わせれば出すぎた)連絡を糾弾するという大義名分を得て、私に不満を言うことができるのだ。

彼は私に花束をあげたのに、好意の返報という見返りがないことに腹をたてている、その確信が持てた一文だった。

花束は自分があげたいからあげたわけじゃなく、付き合えると思ったからあげたのだろう、そして花束=告白だ、汲み取れとうことだろうか。

それを考えると、これまでさまざまなゼミの集まりで花束を用意していたことにも、何か見返りを求めてのことだったのかと思ってしまう。

 

タダじゃない、というところに彼が以前フローリストの女性に一万円札を渡そうとしていたことも甦る、彼にとって世の中は金に換算して見るものなのかもしれない。

フローリストの展示だって、作品が買われれば嬉しいだろうが、お金をもらうことが目的ではないだろう。
作品に価値を見いだして気に入ったから買われる、それが最も嬉しいことではないだろうか。

いずれにしても、彼にしてみれば、先生に案内を出すことも、花束をもらっておきながら付き合わないことも、とても身勝手で非常識に見えたのだろう。

そんなLINEが来たのが朝5時とかである。
そしてそれを最後に会うことはなくなり、その数か月後に、謝罪の意味を込めた(?)食事が行われるのであった。

 

ところで、自分が相手を誘って付き合えなかった場合、相手を攻撃しようと思うだろうかと考えた。
例えば私が、自分が好きで食事に誘って、「私から誘ったから奢るよ」と言って奢ったり、「転職決まったんだってね、おめでとう、はいプレゼント」と言って数千円の花束なりネクタイなりをあげたとして、しかし食事には行くものの、いくら待っても彼から「付き合おう」とかも、何か恋愛をにおわせるプレゼントが返されるとかもなかったとしたら。
そこで残念な気持ちや悲しい気持ちにはなるかもしれないが、それが相手のせいだとは思えない。
諦めるのか、それでもそうした関係を維持するのか考え決断するまでで、何かの折に攻撃のチャンスを待つだろうか?

 

ところで、ホモソーシャル属性が高い男性と、他者への攻撃性の高さを関連付けても考えてしまう。

この場合彼の思考回路としては

・花を贈ったことで気持ちは伝えたつもり

・なのになんの(好意的な)お返しがないのはおかしい

・あの女が非常識な奴だった

というところだろうか。 

 

しかし、告白はされておらず、彼から明確に私に何をどうしてほしいのかという要望が伝えられることはなかった。

そこで失望するならわかるのだが、どうしても何か責め立ててやりたい、私に非があると証明したいというところまで行くと、攻撃しないと気が済まない性質を感じるし、さらには、コントロール欲・支配欲も感じる。

他者まで自分のパワーをはみ出させ、他者の意思決定に関しても影響力を持ちたい、という欲を感じる。

さらに彼のホモソーシャル属性の高さと絡めて考えてしまい、ますますホモソーシャルを信じてそのフィールドで地位を上げていきたいと考える男性への警戒と懐疑心を強める。

彼らは、自信のみならず他者の人生、生活全般において大きな力を発揮し、すべての決定権を持ち、さまざまな面で指揮をとりたいのだろうか。

こうしたタイプは本当に価値観が遠い場所にあると感じる。